松沢呉一のビバノン・ライフ

ヒトラーの演説を聴いたドイツ人たち—独裁者ヒトラーの時代を生きる[1]-(松沢呉一)

ボツ記事でまだ復活させたいものはあるのですが、手直ししなければ出せないため、随時復活させるとして、そろそろ通常の配信に戻り、更新ペースも戻します。通常の配信と言えばナチスです。

 

 

 

「独裁者ヒトラー 演説の魔力」を観て『独裁者ヒトラーの時代を生きる』を読む

 

vivanon_sentenceナチスについてはまずは基礎になるものを読まなければという思いがなおあります。そのため、蓄積のもとに「新しいものが出ると読む」ということにならず、おもに古本で気になるものから読んできたのですが、比較的新しいものを読んでみました。

大島隆之著『独裁者ヒトラーの時代を生きる—演説に魅入られた人びとと「つまずき石」』です。昨年出たものです。NHK・BS1のドキュメンタリー「独裁者ヒトラー 演説の魔力」の単行本化です。

番組の資料として買ったままになっていたものを「なんか読むか」というので読み始め、わかりやすい文章とわかりやすい構成の本なので、さらりと読めてしまいました。

読了して、「しまった、もっと丁寧に読むべき本だった」と反省しまして、リストを作りながら、もう一度読み直しました。

番組の方では、タイトル通り、ヒトラーの演説風景の映像もふんだんに使用されていて、それを軸にして証言が重なっていきます。

それに対して単行本はタイトルも違って、重心が証言者たちにあります。演説を聴いた「一般の人々」が柱であり、番組ではカットされた多くの言葉が収録されていて、1980年代以降のナチス研究の重要な作業である「ナチスドイツの時代を名も無き一般の人々がどう過ごしたのか」の聴き取りのものと言っていい。

そのことを象徴するのがサブタイトルに入っていて、表紙にもなっている「つまずき石」です(通常私は「つまき」と書いているように思いますが、現代仮名遣いでは「つまく」が正しいようです)。番組でも出てきますが、本ではさらに効果的に使われています。

 

 

つまずき石の役割

 

vivanon_sentence私は今までさほどつまずき石に注目したことはありませんでした。公園や道路名、学校名に名前を冠することと同類のものとして受け取っていたのですが、公園や道路名、学校名はいかに数が多いとは言え、ナチス関連の名前がついているのはドイツ全土でも数百でしょう。ハンス・ショルゾフィー・ショルのように複数の施設に使われている人たちもいるので、個人の数はもっともっと少なくなります。

公園や道路の管理者が選別して認定し、ものによっては議会で決定するのでしょうが、いわば有名な人たちの名前のみがつけられています。トラウテ・ラフレンツのように、白バラの中心メンバーだったにもかかわらず、戦後長らくそのことを自分では主張していなかった人は候補にもならない(生きているうちは評価が安定せず、そのような物件に冠するには不適切ということもあるでしょうが)。

また、英雄になって褒め称えられるのはドイツ人であって、激烈な闘いをしたワルシャワゲットーの英雄たちの名前は誰一人知られていません。ドイツからワルシャワゲットーに連行された人々もいたはずなのに。

しかし、つまずき石の対象はナチスに殺されたユダヤ人、ジプシー、同性愛者、共産主義者などすべてです。1992年にプロジェクトがスタートして、これまでにドイツやオーストリア、ポーランド、オランダ、フランスなどヨーロッパ各国で数万のつまづき石が設置されています。そのほとんどは無名の人たちです。

「その人たちがここに住んでいて、ほぼここから連行された」と示すことは大きな意味があります。学校で教えられた話、本で読んだ話、映画やテレビで見た話を「今ここ」というフェイズに落としこむという意味です。無名の一人一人の物語を「今ここ」に重ねることは想像だけでは難しく、その契機になるのがつまずき石です。

独裁者ヒトラーの時代を生きる』には間接的にしかユダヤ人は登場しませんが、視点が地面にあるという意味ではつまずき石と同じ。

※「独裁者ヒトラー 演説の魔力」はNHKオンデマンドで見られます。

 

 

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