嘘も百回言えば中国共産党になる—SARSの隠蔽工作を振り返る[下]-(松沢呉一)
「ウィルソン・エドワーズ(威尔逊爱德华兹)と中国の官製報道—SARSの隠蔽工作を振り返る[上]」の続きです。
SARSの際に中国から出てきたお粗末な生物兵器説
では、SARSのおさらいです。
2002年11月16日に広東省順徳市でSARSの最初の症例が発見されますが、中国政府はこれを報じることを禁じ、香港経由で本土に情報が入ることも遮断。
それでも噂は広がりますが、インターネットでの書き込みも削除。
中国では、自身の責任を回避するため、あらゆる層で隠蔽をし、嘘をつくため、必ずしも指導層が把握しているわけではないのですが、この時は遅くとも1月までには中央政府はその報告を受けて、衛生部が広東省まで調査に出向いており、何が起きているのかを完全に把握していました。
ところが、共産党大会がかぶっていたため、これを徹底隠蔽。そちらで忙しくて、関心も薄かったようで、対策を講ずることもなく、2月に香港で感染拡大して、国内外でこのことが知られるようになります。
中国政府も渋々追認しますが、WHOの調査を拒否し、SARSの情報を流すことをデマの流布として処罰できる法を成立させ、これを報じた国内メディアの複数の編集者と記者を逮捕しています。
河南省の洪水での死者数が3倍になったことを官僚制度のために遅れたと言い訳をしていましたが、処罰する法律を制定し、逮捕する場合は迅速です。おそらく死者数をこの時も隠蔽し、隠蔽したことのごまかしとして嘘を言う。隠蔽と嘘でできている中国共産党。
2月11日には広東省衛生庁長官がアメリカ発祥のウイルスだと発言しています。中国の公式見解というわけではなく、この人個人の見解のようですが、その数カ月後に、中国老化研究センターの元副研究員だった童增という人物が『最后一道防线』(最後の防衛線)という著書で米国の生物兵器だと主張。その根拠は中国人の死亡率だけが高く、中国人を狙い撃ちにするウイルスだというので、さすがに中国でも専門家からは一蹴されています。
これ以降も国内外で散発的に生物兵器説が出ますが、検討するようなものではないみたい。研究所から事故で漏れたという話とはレベルが違って、中国まで運んだって話ですから。
内部告発した医師は国家の裏切り者扱いに
隠蔽と嘘でSARSを乗り切ろうとする中国政府に対して、流れを変えたのは内部告発でした。
2003年4月3日、張文康保健相がSARSはコントロール下にあると、半ば安全宣言を出します。これに対して、元軍医であり、その後も医療現場に携わっていた蒋彦永が中央電視台と香港の鳳凰衛視(フェニックステレビ)に、張文康保健相の宣言を覆す現実を告発するメールを送りましたが、無視されます。そこで「ウォールストリートジャーナル」の記者にメールをし、この記者が「TIME」誌の知人に送り、「TIME」のサイトに掲載されて、多数の感染者が出ていることが判明します。
官製メディアはこれをデマ扱いし、蒋彦永は軟禁状態になります。
張文康は保健相を解任され、すべてはこのトカゲの尻尾のせいにして、ここから中国政府は「SARSと果敢に闘う中国共産党」というイメージ作りをやっていきます。どれだけツラの皮が厚いのか。
しかし、張文康は共産党の方針通りに嘘をついていただけですから、その後もそれなりのポストに就いていたようです。
対して蒋彦永は天安門事件について批判し、死刑囚の臓器を売買していることを暴露するなど、札付きの反政府分子としてマークされ続けているようです。
中国では事実を語る人間、共産党に疑問を抱く人間は不要です。
※2015年1月3日付・中国語版「rfi(Radio France Internationale)」 米国に住む親戚を訪ねたくても、許可が出ないのだそうです。
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