松沢呉一のビバノン・ライフ

個のルール・コミュニティのルール・社会のルールを峻別すべし—第一ラインと第二ラインを見極める[下]-(松沢呉一)

瀬木比呂志著『絶望の裁判所』でもっとも注目した指摘—第一ラインと第二ラインを見極める[上]」の続きです。

 

 

 

個人やコミュニティに留めるべきルールを社会が共有しないと納得しない人たち

 

vivanon_sentence言うまでもなく、瀬木比呂志氏は絶望の裁判所』で、個人としてのルール、コミュニティとしてのルールを否定しているのではありません。

国なり自治体のルールがすべての局面で過不足がないはずはなく、たとえばサッカーならサッカーの、会社なら会社の、町内会なら町内会の、家庭なら家庭の独自のルールはあっていい。

しかし、そこには限度があって、「屁をこいたら罰金10円」という家庭内のルールはあっていいとして、「屁をこいたらマンションの屋上から突き落とす」というルールはなし。また、こういった個別のローカルルールはこのコミュニティ内だけで合意されて成立しているのであり、合意なき人に強いることはできません。

当然、成文化された法律より厳しいルールを自身に課している限りは問題がない。「豚肉は食べない」「牛肉は食べない」「タバコは吸わない」「酒は飲まない」「生殖行為としてのセックス以外はしない」「オナニーも姦淫」「タトゥは反社会的」といったルールは個人が実践する限りは問題なし。「自分は過去に万引きしたことがあるので、10年経っても、意見を表明する資格はない」としてSNSなんて一切やらない判断も問題なし。

「山本圭壱は気に食わないのでテレビに出ていても観ない」「不倫するような人間は不潔なので職場以外ではつき合わない」「タトゥをしているような人といると同類だと思われるので一緒に銭湯には行かないし、自分では絶対に入れない」というのは個人の判断で好きにすればいいのですが、こういう人たちの中から他者をも自身の第二ラインに従わせようとする人たちが出てきてしまうのが問題です。

※瀬木比呂志著『黒い巨塔 最高裁判所』 これは小説。多才だなあ。

 

 

ヘイトスピーチの第一ラインと第二ライン

 

vivanon_sentence

「山本圭壱をテレビに出すな」と騒いでいた人たちの中には、反差別を標榜する集団に属している人たちがいました。差別は法で定められていない範囲までプラスの厳しさがあっていい。たしかに日本は法整備が遅れているのは事実であり、遅れた部分を放置していいとは思えません。かつ、路上のヘイトスピーチは他者に及ぶ点で放置しにくい。

しかし、ヘイトスピーチ禁止の法制化は表現の自由とのかねあいがあるし、拡大しようとすれば際限なく拡大できるため、第一ラインは第二ラインのずっと手前になるのは当然です。ヘイトスピーチに対する法の適用は、路上に限定し、閉鎖空間は除外すべきであり、インターネットや出版物も除外するのが妥当だと今でも思っています。

それを超えても放置していいとはならないのですが、第二ラインもまた際限なく拡大されやすいので、その判断は慎重になされるべきだと私はずっと言ってきました。

どこかに公的な定義があった方が判断ができるようになるので、法ができることでむしろ拡大されなくなるのではないかとの期待もあったのですが、そうはならず、第二ラインが野放図に拡大されて、気に食わないものをただ叩く武器に堕した例が少なくありませんし、なんとしても罰則規定を盛り込まないと納得しない人たちもなおいます。

さらには、差別以外の場面でも、自身の感覚、直感、感情を他者が共有するのが当然と思う例が出てきてしまったことに暗澹たる思いがあります。

日本における第二ラインは第一ラインと対立して、法を緩衝するのではなく、しばしば第二ラインは権力に媚び、補完し、権力にできないことまでを制裁する働きをします。

以前から言っているように、法が絶対的な基準になるのも怖いのだけれど、法を超えた制裁を求める人々が増えていくことに比べれば、法が適切な範囲に留まる限り、まだしも法が単一の基準になった方が明文化されている分ましです。

これとは逆に第二ラインがマイナスになっている文化圏もあるんだろうと思います。日本でもテーマ次第でそういう個人がいるでしょう。

※瀬木比呂志著『リベラルアーツの学び方』 リベラルアーツという言葉は大学の、専門課程の前の教養課程の位置づけくらいでしか使われているのを見たことがないですけど、著者の専門である法とは別の教養を学ぶことの必要性を論じているよう。著者がどうとらえているかわからないですが、教養は知識を統合したり、接続したりする視点や技術のことであり、教養なき知識はパソコンに任せておけばいい。

 

 

next_vivanon

(残り 1999文字/全文: 3902文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ