松沢呉一のビバノン・ライフ

ナナとモモ—黄金町残華[2]-[ビバノン循環湯 591]-(松沢呉一)

終電を逃した横浜の夜—黄金町残華[1]」の続きです。

 

 

 

素通りできなかった

 

vivanon_sentence外はうっすら明るくなってきているが、まだ4時半である。桜木町にでも行けば、開いている喫茶店でもあるだろうし、なかったとしても駅前のベンチででもボーッとしていれば、そのうち動き出すだろうと歩き出した。

さっきの店から、20メートルほど歩いたところで、きれいなコが目に入った。目が合ったら、満面の笑みを浮かべる。

「遊んでいく?」

「今してきたところだよ」

「大丈夫だよ」

全然大丈夫じゃないのだが、今日一番の美人かもしれず、私はここで休憩していくのもいいかと思った。

「でも、何もしなくてもいいよ。どうせもうできないから」

「いいよ、いいよ」

奥にもう一人いた。もう一人とタイプが違って、このコは色が白く、かわいらしいコだ。20歳そこそこじゃなかろうか。

「こんにちは」と私は声をかける。

「こんにちは」と微笑む。

まだ暗いから「こんばんは」か。あるいはそろそろ「おはよう」か。

その子と金を分けあって、3人で朝までダベっているのが私にとっても2人にとってもいいんじゃないかとも思いつつ、2階に上がる。殺風景な部屋の中に、ブーさんのぬいぐるみがポツンと置かれてある。

1万円を出すと、彼女はそれを受け取りながら、こう言った。

「お久しぶりです」

「えっ、初めてだよ」

「うん、知ってるよ。でも、前々から知っているような気がしたんだよ」

本当にそう思っているか、営業用のセリフなのかわからないが、そんなことを言った。最初からこのコと遊べばよかった。

彼女もやっぱりすぐに脱ごうとする。

「まあまあ落ち着いて。今日はしなくていいって言ったじゃん」

「じゃあ、何する?」

「電車が動くまで抱き合って話をしよう」

「わかった」

彼女は胸元にウサギの毛のような白い飾りのついたワンピースを着ていたのだが、それを脱いだ。Eカップくらいの大きなオッパイをしている。

網タイツだと思っていたのだが、穴あきのパンストで、下着はつけていない。

「いやらしいね」

「こういうのは好き?」

「好き好き」

私は毛にキスをした。

「あなたもいやらしいね」

「いやらしいよ」

 

 

大久保の学校に通い、東新宿に住んでいる2人

 

vivanon_sentenceブラと穴あきのパンスト姿で彼女は私の横に寝た。

「名前は?」

「ナナ」

「いくつ?」

「24」

もうちょっと上かもしれない。

「誰かに似ているよね」

「よく言われるよ。でも、日本のタレントの名前はわからないから、誰のことかわからない」

彼女の顔をジッと見て思い出した。タレントではなく知り合いの美人女王様である。ナナの方が肉付きがいいが、体つきもよく似ている。

「日本はいつ来たの?」

「1年前。日本語を勉強しにきた」

「学校に行っているんだ」

「今も行っているよ。大久保の学校」

「え、大久保なの?」

「大久保、知ってる?」

「知ってるよ。よく行く」

「同じだね」

「東京から通っているの?」

「はい、東新宿のアパートに住んでいるよ。さっきのモモちゃんと一緒に」

「あのコはモモちゃんか」

「そう。桃のモモちゃん。あのコは20歳」

こっちの20歳は本当だと思える。

「大久保からだと遠いね」

「遠いよ。1時間以上かかる。でも、ここなら、知り合いがいないでしょ」

彼女によると、ここに来たのは2週間前。それまではモモと一緒に新宿の台湾人パブにいたそうだ。

「もっとお金が欲しい」

専門学校か大学に入りたいのだそうだ。「真面目な女」と見られたがっての発言だろうか。しかし、勉強したいと思えば金がいるのは事実だ。

 

 

今日初めて会った気がしない

 

vivanon_sentenceそんな話を聞いていたのだが、彼女は私の顔をジッと見てこんなことを言う。

「やっぱり前から知っている人みたいね。今日初めて会った気がしないよ」

そんな気はしないのだけれど、私も「大久保ですれ違ったことがあるのかもね」と話を合わせた。

「あなたかわいいね」

45のおっさんつかまえてなんてことを。

「あなたみたいな人、好きよ」

チョンの間でこんなセリフを言う女はかなり珍しい。

「オレも好きだよ」

「ホント? 私、あなたのこと、大好き」

 

 

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