松沢呉一のビバノン・ライフ

黄金町壊滅とともに2人は消えた—黄金町残華[5](最終回)-[ビバノン循環湯 594]-(松沢呉一)

あの時間を探す—黄金町残華[4]」の続きです。今回も写真は本文とは関係がなく、数年前に横浜で適当に撮ったものです。

 

 

黄金町の案内係

 

vivanon_sentence親不孝通りにあるホテヘルの事務所兼待機場で黄金町の報告をしていたら、見知った顔が入ってきた。

「あれ? 松沢さん、お久しぶりです」

「あ、星山さん、どうしてまた」

星山さんは伊藤君が以前いた店の店長だ。

「横浜に来たので、ちょっと立ち寄ったんですよ」

「オレも伊藤君とダベりに来ただけ」

たしか星山さんはもともとアパレル関係の会社にいたはず。それからどういうもんだか、風俗業界に転職。3年ほど前に今度は渋谷で、そこそこシャレて、そこそこ庶民的な飲み屋を始めた。

私も何度かその店には行っている。元の会社の同僚たちも来ているし、風俗関係の人たちも来ていて、彼の幅広い交友関係がそのまま店の客になっている。

彼にも黄金町の話をした。星山さんは3Pに強く反応した。

「3Pはいいなあ、僕も何度か黄金町は行っているけど、そんな体験したことない」

「できる組み合わせは決まっているので、3Pできるかどうか最初に聞けばいいんじゃないかな」

「でも、最初からわかっているよりも、そうやって乱入してくれた方がいいな」

「たしかに。彼女らによると、もともと友だち同士で来ている組み合わせと、あの場で初めて知り合った組み合わせとは全然ノリが違うみたいだよ。もともとの知り合いじゃないと、互いにライバルになってしまったり、情報が漏れたりすることを警戒するので、乱入を期待するんだったら、最初から友だち同士でやっている店を探すといいよ」

もはや黄金町のことだったら任せておけってところだ。

「その辺の感覚は日本人の風俗嬢たちと同じだね」

星山さんは風俗店時代の経験からそう言った。彼女らの行動を理解するには日本人風俗嬢を考えればよい。「店で知り合ったコとは表面的なつきあいにしかならない」と言うのがよくいるし、3Pコースのある店でも、「仲のいいコとしかできない」というのもよくいる。

ただ、台湾人である彼女たちは、台湾人コミュニティを背景にして日本での生活を築いていて、そのコミュニティは母国に直結しているため、日本人風俗嬢よりもずっと警戒心が強い。クンニをさせたことさえも知られることを恐れる。

「なんか松沢さんの話を聞いていたら、久しぶりに行きたくなってきたよ」

「行こうよ」

「行こうか」

話は決まった。

 

 

黄金町に舞い戻る

 

vivanon_sentence星山さんと私は黄金町に向かった。私はもう済ませているので、今は案内係だ。

黄金町がもっとも活気づく時間帯になっている。

「久々に来たけど、やっぱりいいねえ。かわいいコが増えたんじゃないかな」と彼は声を弾ませる。

星山さんが前に来た時はさまざまな国が入り混じっていたのに対して、今はほとんどが東アジア、中でも台湾。下着が見えそうなミニスカートに、半乳を出した南米やタイの女たちがいた頃はキラキラした艶やかさに彩られていたものだが、その派手さがなくなった今の方が一人一人の顔までがよく見える。

という背景がありつつ、台湾の女たちの中には驚くような美人がいるのは事実。

「あのコ、いいなあ」

エミリだ。星山さんも目をつけたか。たしかに彼女は一際目立つ。

1ヵ月前に「また来るね」と言って別れたので、顔を合わせると、素通りするわけにはいかなくなる。あちらが覚えていればの話だが、彼女らは一度ついた客の生顔を案外忘れない。

もしあの日、ナナとモモに会ってなければ、あるいは会っていたとしても、今日ナミに誘われなければエミリと遊んだろうが、さすがにこれからまた遊ぶ気はなくなっている。

エミリは客と話をしていて、その横をそそくさと通り過ぎた。

通り過ぎてから私は星山さんに事情を話した。

「じゃあ、あのコはよくなかったんだ」

「いや、全然悪くないよ。そのあとの2人が強烈過ぎただけ。あのルックス通りで、日本人のギャルとノリも近くて、ちょっと素っ気ない。マグロじゃないけど、終わったら、すぐさま立ち上がって服を着て、次の客を探して外に立つタイプ」

「ああ、それは寂しいよね」

「見た目がいいから、それでも客が次々つくでしょ。でも、しょうがないと思うよ」

私は彼女は子持ちであることや家賃のことを教えた。

「厳しいねえ。そういう話を聞くと、さっさと終わらせて、次の客に気持ちが行くのはわかるなあ」

「だよね。だから、遅くまで立っているのは家賃に達していないコだったりする」

「そういうコは少しでも売り上げが欲しいから、ダンピングもするんだろうな。でも、そういう話を聞くと、値段交渉するのはかわいそうだよな」

 

 

ノルマンジー上陸作戦成功

 

vivanon_sentenceさっきのエミリもそうだが、交渉しているのはほとんどの場合、客がダンピングを持ちかけている。最初から楽しい時間を放棄しているとしか思えない。

「たいていいつもオレは延長したり、ダブルで入るけど、そうしてあげないと、向こうもゆっくりできないよ」

「そういう手があるのか。オレも今日はダブルで入るかな。1時間で2万円だから、考えてみると、ヘルスと一緒だもんね」

「そうだよ。途中で3Pやっても3万円」

「そう考えると安いもんだよね」

金は払えるだけ払うのが私のポリシーだ。その方が戻ってくるものが多い。

「あのコはもうノルマ達成か。今日はノルマンジー上陸成功」

星山さんはやる気がなさそうに店の奥に座っている女を見てそう言った。

「そうかもしれないけど、2人出勤している場合は片方は奥で待機するルールになっているんじゃないかな」

2人とも外にいる場合もあるが、たいていはそうしている。交替制の方が差がつきにくいので、なんとなくルールができているのではなかろうか。

「おっと、あのコいいな」

そちらを見ると、派手な顔つきの美人がいる。

「小牧ユカみたいだね」と星山さん。

確かに似ている。いちいち論評していく彼の様子がおかしい。

 

 

日本人のコらと立ち話

 

vivanon_sentenceやがてナミのいる店に近づいた。彼女の姿を目で確認するとともに彼女も私に気づいて、笑顔を見せた。

「さっきはありがと。友だちを案内しているんだよ」

彼女は疲れた顔をしている。私のせいかもしれない。

一歩近づいて小声で「秘密ね」と言ったら、彼女はニコッと笑って「秘密だよ」と言った。

「また来るね」

「待っているね」と手を振っている。

私は星山さんに「さっき遊んだコ」と説明した。

 

「中国っぽい
顔立ちだね。アグネス・チャンとかテレサ・テンとか」

星山さんは芸能人に喩えるのが得意。

メインストリートから外れたところで、「日本人の店」と書いた紙を発見。入口にいる女のコに声をかけた。

「景気はどう?」

「まあまあですね」

奥からもう一人顔を出す。

「遊んでいかないんですか」

「もうちょっと見物してからね。日本人の店ってどのくらいあるの?」

「よく知らないけど、5,6軒あるんじゃないかな」

なんてことを話して「またあとで」と心にもないことを言ってその場を離れた。

「奥にいたコは悪くないね」と星山さん。

「そうだね。ヘルスでも働けそう」

「でも、日本人と遊ぶんだったら、ヘルスかソープに行くよなあ。本番ができなくてもいいから、同じ金額だったら、ヘルスに行く」

「だね。どう見ても、さっきのコたちより台湾のコたちの方がきれいだし、黄金町は外国だから、ここまで来たら台湾のコでしょ。ススキノに行って東京出身の女のコが出てくると損した気がするのと一緒だよね」

いい喩えかと思う。

 

 

ナナとモモに再会

 

vivanon_sentenceさらに歩き続けていたら、目が合った。ナナだ。あの時と同じウサギの毛のようなものが首のところでヒラヒラしている。仕事着なんだろう。

 

 

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