松沢呉一のビバノン・ライフ

どうしても遅刻してしまう強迫性障害の人との会話—私の強迫性障害傾向[下]-(松沢呉一)

死の不安とそれを乗り越えるための儀式が強迫観念になった—私の強迫性障害傾向[中]」の続きです。

 

 

新幹線の中で手を洗い続ける人

 

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私がコロナ禍で手袋、マスク、フェイスシールドをした上にフードをかぶっていたのはシャレですけど、本気でああいう格好をしているらしき人をたまに見かけます。断定はできないですけど、強迫性障害の人が混じっていそうです。体にウイルスがつくのが怖い不潔恐怖です(以前は清潔恐怖症と言われることが多かったかと思います。清潔でいなければならないという強迫観念ですから、清潔恐怖症でいいのですが、中学の時に宮城音弥の本で初めてこの言葉を知った時はシックリ来ませんでした)。

新幹線の中で不潔恐怖症らしき人を見かけたことがあります。宇都宮に行った時のこと。満席だったので、デッキに立っていたら、両手にティッシュを巻いた若い女がトイレに向かいました。怪我でもしたのかと思ったのですが、出てきた時にはトイレットペーパーを手に巻いていてドアを閉め、そのあと洗面台で数分間手を洗ってました。大変だなあと思いました。

強迫性障害はこの不潔恐怖とともに「ガスの元栓を締め忘れたかもしれない」「ドアの鍵をかけ忘れたかもしれない」と思って繰り返し家に戻って確認して遅刻するという症例が知られます。軽度であれば誰しもそういう経験はあって、引き返して確認したらそれまでなのに対して、障害の域に達すると、何度確認しても引き返します。

これに意味がないことはわかっているのです。でも、その不安に襲われると抵抗ができない。

私はそこまでの体験はないですが、心理はわかります。いくら意味がないと言われ、自分自身でも意味がないとわかっていても、不安は消せない。それが強迫観念です。

※2019年6月12日付「週刊女性PRIME」 子どもを出産後に強迫性障害を発症して不潔恐怖に襲われて家族をも巻き込んで、家族に暴力をふるうようになった妻を夫が殺して、実母とともに死体を埋めた上で、妻が行方不明になったと偽装した事件。暴力は強迫神経症の症状ではないかも。強迫観念にとらわれると自分でもイライラするので、その発散ではなかろうか。それと、こういうのって大人になってからいきなり出るのではなく、もともとそういう傾向があったんじゃなかろうか。わからんけれど。殺した夫も鬱病を発症していたそうで、殺しちゃいかんけど、殺したくなる気持ちもわからんではない。

 

 

どうしても遅刻をしてしまう人

 

vivanon_sentence「どうしても遅刻をしてしまう人」がいます。いくつか種類があると思うのですが、以前から顔見知りの女子が、強迫性障害によって「どうしても遅刻をしてしまう人」でした。遅刻癖についても強迫性障害であることも今まで知らないでいたのですが、ある時初めてこの話を教えてくれました。

家を出ようとするところで、「この服にはこのスカートはおかしい」と思い始めて、それに合うスカートを探し始めて家を出られない。これにはまると遅刻です。

「なんだ、それ」と思った人は健康。

この話を私は理解ができました。理解した上でこう聞きました。

「その場合、どの服にどのスカートが合うのか最初からわかっているんだから、前の日に準備しておけばいいのでは?」

「そうなんですけど、それを着ると、今度はこれじゃないと思い始めたり、服に靴が合わないと思い始めたりする」

儀式は簡単にクリアできてしまうと儀式ではなくなるのです。ここも理解できます。

私は子どもの頃、そういった儀式で身動きとれなくなることがあったことを教えました。

「それってどうやって克服しました?」

彼女は通院していて、薬も飲み続けていますが、あまりよくなってはおらず、治す方法があるなら知りたい。

私の場合は病弱だったことに関わっていて、体が丈夫になるとともにこの癖は治まっていくので、克服したというより、自然治癒したって印象です。そのため、彼女の求めるような名案は教えられませんでした。

※札幌地方裁判所・平成30(わ)830 強迫性障害を患って通院中の男が、隣人を殺さなければならないとの強迫観念にとらわれて実行した殺人事件の判決文。間接的に人を巻き込むことはあっても、直接に他人を攻撃する強迫観念に襲われることはたぶん少ないとは思うのですが(私自身の体験に基づくものでしかないです)、強迫観念は自由自在なので、こういうこともあるんでしょう。

 

 

予定調和が嫌いなわけ

 

vivanon_sentenceしかし、あとで思い返してみると、小学校の時に、これを克服しようと奮闘していたことを思い出しました。

 

 

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