松沢呉一のビバノン・ライフ

「人間の唇は性的器官である」論と「ポーランドの初期フェミニズム」—道徳がフェミニズムに見える人たちの仕組み(付録編)-(松沢呉一)

全国フェミニスト議員連盟によるVTuber排斥問題」「道徳がフェミニズムに見える人たちの仕組み」とを合わせて「星占いフェミニズム」のカテゴリーにしました。通して読む場合はご利用ください。

 

 

『裸のサル』を読み直す

 

vivanon_sentence一昨日、トランクルームの本を片付けていたら、デズモンド・モリス著裸のサルが出てきまして、これについて書いた直後だったので、「グッドタイミング」と持ち帰り、該当箇所を読み直しました。人間の唇の役割については付箋がついていて、すぐに該当箇所はわかりました。記憶よりもずっと詳細で長く、説として緻密でした。

「人間の器官がどのような理由から発達したのか」を確定させることは難しく、推論の積み重ねにならざるを得ないのですが、唇は性的器官として発達したという説を覆すことは難しいだろうと思えます。とくにナチュラルなメイクではなく、目立つように赤い口紅をベッタリつけている場合に性的な意味がないと言い張ることは困難です。

ゴリラやチンパンジーと比べると一目瞭然ですが、明らかに人間の唇は特殊な発展をしています。粘膜が外にめくれ上がっていて、そこが赤みを帯びています。これは人間が進化する過程で、メスの性器が充血して発情していることを表示してもオスに伝えられなくなったことによる代償であるという点はすでに書いた通りですが、同時に人間にとって、唇はそれ自体が性的器官として発達していきます。キスの多用、オーラルセックスなど、性的に活用し、自身そこが性的に感じるようになります。男であっても。

人間が唇を特殊な方向で発達させたのは「言語を使用することに伴うもの」といった異論も出せるかもしれないけれど、もしそうだとすると、なぜメスのみが赤く紅を塗って強調しなければならなかったのかの説明はできないので、性器の代用としての唇を強調して、セックスを誘いかける方法として発達したものであることは明らかでしょう。

 

 

あからさまな性的アピールをしながら他者の表現に難癖をつける全国フェミニスト議員連盟がフェミニズム団体のはずがあるか?

 

vivanon_sentenceヒアルロン酸を注射して唇を厚くする美容整形がありますが、あの目的は「グラマラスな唇」にするためらしいですよ。美容外科がそう書いています。そこまではしたくない人は口紅を目立つようにつけますが、口紅はむしろ「今そうしました」を主張してしまうためにかえって意図があからさまになるのが難点であり、美容整形の方が自然とも言えます。

最近の「ビバノン」で言えば、ケニアのコンドームのCMで、唇をなめることで性的な興奮、もしくは誘いかけを表現しているものがありましたが(下に出したSS)、あれはお約束の表現であり、多くの人が意味を察知しましょう。

また、対面位を多用するようになった点において、セックスの最中に性的な表現をすることができるように進化したともデズモンド・モリスは指摘しています。セックスをする前から終わるまで、性的な信号なのです。

唇は物を食べる入口であり、言葉を発する場でもあるため、性的器官としてのみ受け取るわけではないですが、それを赤く塗る行為は、ただの「女としての存在アピール」だとしてもあからさまに性的です。それを議員なり大学講師なりの公的立場にいることを明示した上で公的放送でやっている人が、他者の表現をことさらに性的であるとして問題にするのは滑稽であり、悪質でもあります。そんなことを言える資格を自ら放棄しておいて、どのツラ下げて他者の表現を否定できるのか。

「いかにベッタリつけていようとも、口紅をつけた唇を見ていちいちそんなことを考える人はいないのだから、口紅をつけているだけで性的アピールをしているとするのは難癖である」という反論はもっともです。それと同じく「腹を出して、へそを出しているから性的表現とするのは難癖であり、パッと見では気づくこともできない程度の胸の揺れをことさらに性的であるとするのも難癖である」とするのが適切でしょう。

 

 

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