14歳からのヤリマン生活、そしてレイプ体験—ヴィルジニー・デパント著『キングコング・セオリー』[2]-(松沢呉一)
「数分で投げ出した本を改めて読んだらヤリマン・フェミニズムの素晴らしい内容だった—ヴィルジニー・デパント著『キングコング・セオリー』[1]」の続きです。
パンク・フェミニスト
ヴィルジニー・デパント著『キングコング・セオリー』の帯には「フェミニズムの名著」とありますが、この本がそういう趣旨だっただけで、著者はフランス本国でフェミニストというより、パンク小説の作者、映画の監督として知られています。彼女にとっての自認も同じで、自身をフェミニストの作家として位置づけるより、パンクに影響を受けた作家、あるいはレズビアンの作家と位置づけた方がしっくり来るのではないか(レズビアンになったのは35歳から)。私もよくはわかっていないわけですが。
自分自身とフェミニズムとの関わりについては系統だってはいないながら本書で説明されています。
何年もの間、私はフェミニズムから数千キロメートルも遠く離れた場所にいた。連帯の気持ちや自覚がなかったからではない。長い間、自分の性別のせいで困ったことが特になかったからだ。男みたいな生活が送りたくて、実際そうしていたのだから。でもこれは、フェミニズムの革命があったおかげだ。だから私たちに向かって、昔はよかったと言い募るのはやめてほしい。まるで昔からそうだったように、視界がひらけ、活動範囲が一気に広がったのはそのおかげなんだから。
ここを読むとわかるように、意識的、直接的に彼女はフェミニズムの影響を受けてきたわけではありません。自分が自分らしく生きようとする際に、あるいは自分がなりたいものになろうとする際に、必ずしもフェミニズムは必要ではない時代になっていたためであり、むしろ「パンクじゃないし、優等生すぎる」ということでフェミニズムを敬遠していたと書いています。
1969年生まれの彼女が10代だった時に強い影響を受けたのはパンクでした。本書の中には出てこないですが、ジョイ・ディヴィジョンの名前も挙げています。彼女がヤリマンになったのは14歳。1983年ですから、パンクというよりニューウェーヴやオルタナティヴ全盛の時代。
ジョイ・ディヴィジョンはともあれ、この時代のロックが教えてくれたのは「好きにやれ」ってことだったでしょう。
この一文には補足すべき点があって、選挙ができるようになったこと、財産権などの点でも男女が平等になったことなどにおいてフェミニズムの貢献があったのは事実として、たとえば彼女が14歳からミニスカートをはいて、チャンスがあれば積極的にセックスをする生活ができていたのは、フェミニストの先駆者たちではなく、あばずれの先駆者たちがいたおかげです。社会の規範をぶち壊したのはもっとも蔑視されるあばずれたちであり、彼女は正しくその蓄積の上であばずれていました。
※ヴィルジニー・デパント著『ウィズ・ザ・ライツ・アウト 1: ヴェルノン・クロニクル』 『キングコング・セオリー』とほとんど同時に邦訳が出たヴィルジニー・デパントの小説。パンク時代を懐かしむような内容みたい。表紙がモロにパンク。こっちも読んで初めてデパントの全体像がわかるって感じかな。
母性とファシズムの親和性
それでもフェミニズムが必要とされる特有のテーマというものがあって、彼女は出産を挙げています。しかし、そこにおけるフェミニズムが果たした役割については懐疑的です。
信じられないような衝撃的な事実だが、70年代のフェミニスト革命は子育てに関してはなにも改革しなかった。家事も同じだ。無償の仕事は、すなわち女性の仕事であり、私たちは家内工業の状態で立ち止まったままだ。
家事、育児という無償の仕事、つまりシャドウ・ワークに対しての指摘はなされても、大きな変革はなされなかったことを指摘しています。
むしろ1980年代以降、「女の権力」は母性として実現されていきます。
母になることは、女が置かれた状況の中でもいちばん栄誉あるものとなった。母性は西洋においては、女の権力が最大化される領域でもある。母による完全な支配という、娘について長年いわれてきたことが、息子にも当てはまるようになった。
この母性の神格化、絶対化、権力化が国家に採用されたとヴィルジニー・デパントは書きます。
全能の母に自らの姿を重ね合わせられる国家はファシズムの国家だ。独裁体制下の市民は赤ん坊の状態に戻り、偏在する権力に産着を着せてもらい、食べさせてもらって、ゆりかごに留め置かれる。権力の側は、なんでも知っていて、なんでもできて、この赤ん坊に対するありとあらゆる権現をもっているが、それはすべてその子のためということになっている。個人は自立したり、間違えたり危険に身をさらしたりする自由も奪われる。これこそ私たちの社会が向かう先だ。
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