松沢呉一のビバノン・ライフ

悪質な売春否定論者のやり口はフランスも日本も同じ—ヴィルジニー・デパント著『キングコング・セオリー』[5]-(松沢呉一)

売春することと売春を語ることの二重のタブー—ヴィルジニー・デパント著『キングコング・セオリー』[4]」の続きです。

 

 

ヴィルジニー・デパントは存在してはならない存在

 

vivanon_sentence婚姻というお約束事に疑問なく女たちが参加するように仕向けるためには、売春をした人間はことごとく不幸になってもらわなければ困ります。

しかし、ヴィルジニー・デパントは、「売春をそんなに悪くない」とし、それどころか、心躍る体験であったことを正直に語っています。

 

いま、とまどいを感じるのは、売春をしていた過去ではなく、この章を書くために自分の過去に集中するといい思い出が浮かんでくることのほうだ。玄関で呼び鈴を鳴らす前のアドレナリンの分泌、仕事が始まるとさらに大量に放出されるアドレナリン。(略)全体としてはとても刺激的だった。娼婦であることはだいたいの場合最高で、欲望を満たすこともできた。(略)この経験のおかげで男が子どものような弱い存在に思えるようになった。

 

この姿勢をあってはならないものとしたがる人たちが多数います。「そう思わされてきただけなのだ」として、意思を否定するクズがいかに多いことか。また、一部の問題を全体に拡大するのもこういう人たちの常套手段です。

そのことをヴィルジニー・デパントはこう説明しています。

 

新聞雑誌の記事やラジオのルポルタージュなど、フランスのメディアはいつも、不法滞在の女性を搾取する路上売春のような悲惨な売春を取り上げる。あきらかにこれはドラマチックな効果を狙ったものだ。都市郊外でおこわれている、まるで中世のような不正はほんの少し見せるだけでいつだって絵になる。人々は虐待された女の話を広めたがる。女はみんなその話を聞いて、自分は危ういところで難を逃れたと思う。また、路上で仕事をする娼婦や男娼が取り上げられるのは、インターネットで仕事をする人々とは違い、仕事について嘘をつくことができないからでもある。もっとも悲惨な売春は、探せばたいした苦もなく見つけることができる。なぜなら、まさにそれは、万人の目から逃れる手立てをもたない売春だから。滞在許可証を取り上げられ、合意もないままにレイプで言いなりにされ、一晩に何人も客を取り、薬漬けにされた女たち。堕落した女の肖像。それがみじめであればあるほど、その比較から男は自分の強さを感じることができる。悲惨であればあるほど、国民は自分の自由を感じることができる。そして、ひどい条件でおこなわれいてる売春を描いた耐えがたい映像から、売春全体に関する結論が引き出されるのである。地下室で不法労働する子どもたちの映像だけで、テキスタイル産業全体について語るのと同じくらい適切な結論だ。だが、この問題はたいしたことがない。ほんとうに問題なのは、こうした報道が、どんな女も婚外の性サービスで利益を得てはいけないという考えを広めているという事実だ。その考えによれば、女は未熟すぎるのでどんな場合であろうと、自分の魅力で金儲けすることを自分で決めてはいけない。女はまともな仕事を好むはずだ。道徳的にまともだと思える仕事を。品位を落とさない仕事を。なぜなら愛のないセックスは、女にとって常に品位を落とすものだから。

 

もっとも過酷な環境に置かれているセックスワーカーを好んでとらえようとするのは、業態としてアプローチしやすいところに存在しているためであることを指摘しつつ、それを売春全体の問題として語りたがるのは「女は未熟すぎるのでどんな場合であろうと、自分の魅力で金儲けすることを自分で決めてはいけない」という規範を社会に浸透させるためです。「それをやると、こんな目に遭うぞ」というパターナリズムに基づく戒め。

 

 

戒めるためにはデマをも厭わない

 

vivanon_sentence「どういう対策が適切か」を考えるためにまず必要なのは「現実を知る」という姿勢です。すべてはそこから始まる。

しかし、その原則をすっ飛ばして、戒めのために利用できる例を欲する人たちが多数います。この人々が語るセックスワークの物語には、ヴィルジニー・デパントや彼女が知るセックスワーカーたちの現実は存在しないかのようです。

救済すべき人々を問題とするのはいいのだけれども、そこに留まらず、「売春をするような女は陰惨な末路を辿るのだ」という教訓のためにはデマをも駆使する例は私も挙げてきました

関東大震災のあと、ありもしない吉原の扉を捏造し、そんなものはなかったことを指摘されても、矯風会は戦後に至るまでこのデマを拡散し続けました。勘違いなのではないのです。わかっていてやっています。悪質極まりない。

あるいは「おっぱい募金」の際にも、ありもしない違法性を捏造して告発すると騒いだ弁護士たちがいました。法より自分たちの道徳が上位来る連中が弁護士とは笑わせます。この場合も、セックスワーカーにスティグマを負わせようとしたのはセックスワーク自体ではなく、「おっぱい募金」に反対した連中であったことを繰り返し確認しておきます。

 

 

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