松沢呉一のビバノン・ライフ

成女女学校の宮田修と常磐松女学校の三角錫子—井手文子著『自由 それは私自身』を40年ぶりに再読した[3]-(松沢呉一)

大正期の公開恋愛の奇妙さ—井手文子著『自由 それは私自身』を40年ぶりに再読した[2]」の続きです。

 

 

叩かれ続けた伊藤野枝

 

vivanon_sentence日陰茶屋事件は隠しようがなかったとして、また、そうすることにあの時代の必然姓があるとしても、あの時代の人たちは何もかもを晒しすぎのように思えます。その結果、伊藤野枝の人生は叩かれっぱなし。『自由 それは私自身』を読むと、そのことがよくわかります。

親が決めた結婚を反故にして東京に出てきたこと、伊藤野枝の恩師である辻潤とくっついたこと、「青鞜」に関わったこと、「青鞜」の編集発行人になったこと、辻潤を捨てて大杉栄と同居したこと、社会主義そして無政府主義に傾いたこと。それらのすべてが批判されました。理不尽なことに、神近市子が大杉栄を刺したことでも伊藤野枝は同志から蹴られました。それらに比べれば木村荘太との一件なんざ小さなできごとです。

自由 それは私自身』を読んで、柏木に引っ越してくる前、大正9年(1920)から住んでいた鎌倉と大正11年(1922)から住んでいた逗子での日々は比較的穏やかで、大杉栄、伊藤野枝とも翻訳や執筆に忙しく、収入的にも安定していたことを知ってホッとしましたが、あとは金繰りとバッシングに呻吟とする日々でした。

褒め称える人しかいない今では想像しにくいのですが、「青鞜」に対するバッシングもすさまじいものがありました。

明治44年(1911)12月、「青鞜」は創刊されます。大いに話題になるわけですが、同時にバッシングもスタートします。

 

 

良妻賢母主義を真っ向から批判した宮田修(脩)・成女高等女学校三代目校長

 

vivanon_sentenceスカートの短さをエロとしかとらえられない全国フェミニスト議員連盟を歴史から批判する」で、岡満男著『この百年の女たち』を取り上げましたが、この本の第4章は「女の情熱の結集 『青鞜』の波紋」です。

ここでは、雑誌「青鞜」の内容については最小限に留めていて、この雑誌は何をもたらしたのかに重きを置いて紹介しています。簡単に言えば反発、嫌悪、揶揄、誹謗の類をもたらしました。いかに「青鞜」および「新しい女」は受け入れられなかったのかをこれでもかと書いているのです。

吉原登楼や五色の酒のような話題を面白おかしく新聞が報ずるのはまだ聞き流しておけばいい。

しかし、「ビバノン」でも取り上げてきたように(「「新しい女」を悪魔呼ばわりして祈祷をした津田梅子—伊藤野枝と神近市子[付録編 1]」「日本女子大は「青鞜」の活動を妨害した—女言葉の一世紀 158」)、津田塾の創設者である津田梅子や日本女子大校長の成瀬仁蔵が「青鞜」の活動を批判し、妨害までしました。彼らに限らず、教育者たちの大多数が「新しい女」を拒絶し、叩きました。

岡満男著『この百年の女たち』では、雑誌「太陽」の大正2年(1913)6月発行号掲載の「現代女子教育の根本方針」という特集を取り上げています。ここでは、多くの教育者が良妻賢母主義を主張するなか、宮田修(脩)・成女高等女学校三代目校長のみが良妻賢母主義を批判し、人格主義教育を主張。

宮田修については「ビバノン」でも名前が出てきたことがありますが、今回改めて、宮田修著『婦人問題』を国会図書館でペラペラと読んでみたところ、ベーベルから紐解いて、結婚制度への疑問を述べ、それと売春制度の関係までを見据え、なぜ婦人は虐げられてきたのかの原因を挙げ、その上で女子教育や婦人参政権を論じています。婦人参政権には全面的に賛成して、その反対論を丁寧に批判しています。

廃娼運動を含めて矯風会を肯定的にとらえていたり、英サフラジェットを否定的に扱って「是を以って婦人参政権運動の全部を非議することは出来ない」としていたりもしますけど、当時の教育者としてはもっともリベラルな姿勢であることは間違いない。

巻末の参考資料リストには日本語のものが8冊、英語・独語のものが25冊挙げられています。これでは良妻賢母になるはずがない。

今まで何人か良妻賢母と対抗し、婦人参政権に賛成する教育者を挙げてきましたが、また一人見つけました。

以前写真を出していますが、また写真を撮ってきました。門の反対側の写真はこちら。何も夜遅くに撮らなくてよさそうですが、モダンフリークスの事務所に近くて、モダンフリークスに行ったついでだったものですから。新宿の富久町にあります。

 

 

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