松沢呉一のビバノン・ライフ

なぜ岸田俊子(中島湘煙)は忘れられてしまったのか—日本で初めて男女同権論を著したのは福沢諭吉ではない[下]-(松沢呉一)

岸田俊子「同胞姉妹に告ぐ」(1884年)の先駆性を確認する—日本で初めて男女同権論を著したのは福沢諭吉ではない[上]」の続きです。

 

 

 

岸田俊子の2冊の著書のさわりだけ読んだ

 

vivanon_sentence国会図書館には、岸田俊子の著書が2冊あります。1冊目は『善悪の岐(ちまた)』(明治20)。「女学雑誌」に書いていたものです。ちょっと読んだのですが、創作っぽい。日本や中国の故事をアレンジしたものかと思います。これで岸田俊子の思想を読み取るのは難しそうです。

もう一冊は中島湘烟名義の『湘烟日記』(明治36)です。死後に出たものです。この経緯は編者である藤生ていが冒頭でまとめています。藤生ていの著書である『日本女文豪』(英文らしい)で、岸田俊子の作品を掲載したく、大磯を訪れて、岸田俊子の母に趣旨を話したところ、漢詩については快く提供してくれるのですが、世の中を罵ったり、獄中で苦しんだことを書いた日記を公にはしないで欲しいとの遺言を残していたため、日記は見ることしかできませんでした。しかし、岸田俊子の作品だけを集めたものを出すことになり、どういう交渉がなされたのか、病気で臥せっていた最後の日記は掲載することに。

日記は明治34年3月19日から明治35年5月20日まで、少し読みましたが、親族、訪問者、気候、自分の体、部屋から見えるものを記述していて、過去のことはほとんど出てきませんでした。あるいは書いてあったとしても、掲載はできなかったのかもしれない。

ということで、こちらも収穫なし。

雑誌に書いたものは残っていましょうし、もう時間もずいぶん経っているので、もし日記が残っているのであれば、今からでもまとめて欲しいものです。

 

 

なぜ岸田俊子は十分な評価を与えられていないのか

 

vivanon_sentence国会図書館で調べても、「同胞姉妹に告ぐ」が掲載された著書はなさそうです。明治の文献をさまざま集めたような選集に収録されていてもよさそうですが、それも国会図書館では見当たらず。

どっかにあるだろうと思って検索してみたら、「まちこの文机」と題されたブログに全文の現代語訳が出てました。このブログは明治の文献を現代語訳して出すことを専門にしていて、もう10年更新がないですが、更新が止まる直前に「同胞姉妹に告ぐ」を出してくれていて助かりました。

連載は10回分あるのですが、1回2千文字程度ですので、全部合わせて2万文字程度。現代語訳のせいではなく、原文がそうなのだと判断できますが、勢いに任せた文章です。演説は落ち着いた口調だったらしいのですが、文章は相当に攻撃的です。

今の我々には考えつかない突拍子もないことを言っているわけではなくて、オーソドックスな男女同権論のさわりと言った内容で、タイトルにあるように、同胞姉妹、つまり女たちに対して、「(あんたたちは)どうしてこうも思慮がないのか」「なぜこう精神が麻痺しているのか」と問いかけています。同性への苛立ちが強かったのでしょう。

彼女は教養のない人々が嫌いだったようで、長屋に住むような人々、落語で描かれているような人々を蔑んでいます。日記でもそういう記述が出てきて、付き合いづらい人だったかもしれないとも思うのですが、どうやっても私はつきあう機会がないので、そんな心配は無用。

彼女の重要な主張であるとともに、日本のフェミニズム史にとっても最重要と言える文献なのにほとんど忘れてしまっているのが残念です。

岸田俊子、あるいは中島湘煙でもいいですが、その名前もまたほとんど忘れられていると言っていいでしょう。なぜこうなってしまったのか。

第一には早死だったためです。第二には結婚したからです。文筆は続けていたにせよ、第一線を退いたために、演説家としての力を活かせ切れませんでした。第三には女の演説は許されなかったからです。そもそも政治家になれるはずもなかったのですから、夫に未来を託すしかありませんでした。

この三点が大きいのですが、二番目と三番目は「女だったから」とまとめることができようかと思います。フェリス他で教鞭をとってましたが、家のこともあるので、校長になるほどの余裕はなく、自ら学校を創立する余裕もなかったのではなかろうか。福沢諭吉にはなれなかったばかりか、羽仁もと子にもなれませんでした。

それと、岡満男著『この百年の女たち』でこのことを知ったように、今なお歴史は男が強くて、女たちが女の歴史を伝える努力が足りないのではなかろうか。これは以前から指摘している通りです。

 

 

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