松沢呉一のビバノン・ライフ

誰にこのことを伝えるか、誰に言ってはいけないか—もしHIVに感染していたら[3]-[ビバノン循環湯 604]-(松沢呉一)

風俗ライターは感染したことを公言できない—もしHIVに感染していたら[2]」の続きです。

 

 

感染した可能性がある相手には伝えたいと思うのだけれど、それも簡単ではない

 

vivanon_sentence

もし私がHIVに感染していたとしたら、風俗店ではないところで感染した可能性もあって、その方が確率は高いかもしれないが、そうだとしても、風俗店に出入りしている私が感染しているとなったら、世の中を騒然とさせるのは必至だ。

世間一般、エイズのことをすっかり忘れているため、そろそろまた騒動があった方がいいとの意見もあるのだが、風俗産業がバッシングされ、私が風俗産業の皆さんから恨まれることは避けたい。

公表するとしても、今すぐは無理なので、風俗店でのプレイを一切やめ、2年ほどして、女のコたちの多くが店を移動したり、辞めてからにするしかない。

しかし、2年程度では、辞めないコだっていて、辞めたところで追跡されてしまうのもいるだろう。このまんま私は公表しない方がいいのだろうか。

将来公表するにしてもしないにしても、個人的に連絡がとれる人たちについては事情を説明して、「検査に行った方がいい」と勧めようとも思ったのだが、もし彼女が検査して陰性だったら、「誰にも言っちゃダメだよ。実は松沢は…」と秘密を漏らすに違いなく、結局は情報が広く伝わってパニックだ。

もし私が同じ立場になって、セックスをしたことのある女から「陽性反応が出てしまったので、検査に行って欲しい」と言われ、その結果、陰性であったとしても、私はこのことを他人には言わないでいられる確信があるが、言うヤツは言うよな。こんな面白い話、黙っていられなかったとしても責められない。

そう考えると、口の堅そうな信頼できる人物にしかこのことを伝えるべきではない。しかし、そんなの、私の知り合いに何人いるんだろうか。

風俗店のコたちのことは、店名や個人名をよく雑誌にも書いているが、プライベートで遊んでいる相手については、知人らにも知られていないことが不幸中の幸いである。一人だけ自分でくっちゃべっているのがいるが。

彼女らに事情を説明しても、そのことを口外することはまずないが、店で会っているだけのコらにはなかなか言えない。そう考えると、すべてを話せるのはせいぜい3人くらい。その具体的な名前も私はピックアップした。

私がもし感染していたとして、そのことを言える相手をリストアップしたところまではよかったのだが、さらにまた心配事が生じた。もし彼女らの中に陽性反応が出たのがいたらどうしようか。そこから私が感染した可能性もあるのだが、おかしなもんで、感染させたかもしれない可能性の方が気になる。

もしそれが風俗嬢で、万が一、陽性反応が出たら、仕事を辞めるしかない。そうなったら生活の面倒まで見るしかなかろうとも覚悟した。どうせ二人とも陽性であれば、一緒に住んでしまって不安を分かち合い、励まし合い、生活費を浮かせる手もある。セックスしたって感染を心配することもないんだし(私なり相手なりが複数の型のウィルスに同時感染していないのであれば)。

しかし、感染していたのが何人もいたらどうしたらいいのだろう。私としては3人、4人で一緒に住むのもいいと思うけど。

※Luke Fildes「The Doctor」(1891)  フィルデスは1歳の息子を腸チフスで亡くしていて、その時の光景を描いたものとされているそうな。為す術のない医者の背後で為す術のない父親が立っています。

 

 

生活は一変する

 

vivanon_sentence遊んでいる相手には、同棲していたり、結婚しているのもいる。この場合は問題が複雑になる。

彼女が感染していて、彼氏も感染していた場合、「私は知らない。あんたがどこかで感染したんでしょ」と言い張ることもできようが、彼氏が感染してなければ2人の関係は終わりになるかもしれない。同棲ならまだいいが、結婚していたらさらに面倒である。子どもがいると、さらにさらに面倒である。離婚して子供も彼女が引き取るとなれば、私があとは面倒を見ないではない。

とは言え、私自身、生活が破綻する。感染したことを公表すれば、それをネタに闘病日記でも書かせてくれる雑誌もあるだろう。いや、ないかな。エロ雑誌は病気の話を敬遠したがるし、エロライターが感染したところで、世間一般同情はしてくれないから、一般誌も難しそうな気がする。

隠すとしても、体験取材ができなくなるから、雑誌の連載は降りるしかない。となれば、人の面倒を見ている場合ではない。どうすりゃいいんだ。

女のコには「今日は体調が悪いので、何もしなくてもいいよ」と言って話だけ聞いて、体験したかのように書くとか、指だけ使ってイカせるとか、いろんなことを考えたんだが、考えれば考えるほど、あらゆる局面で面倒が起きることがわかってくる。

女のコたちの中には店の人に「松沢さんはなにもしなかったよ」と言うのもいて、それが度重なれば、「どうもおかしいぞ」ということになる。

これまでプライベートで遊びに行っていた店にパタッと来なくなったら、これもまた怪しまれる。  最初に検査していた頃は、まだ風俗ライターにはなっておらず、セックス自体たいしてやってなかったから、自分がどう生きるかだけを考えればよかったのだが、今は他人の生き方までを考慮しなければならず、私から派生するさまざまを考えない限り、私は私の病気のことを他人に言うことさえできなくなっていたのだ。

※Rembrandt van Rijn「De anatomische les van Dr. Nicolaes Tulp」(1632) レンブラントのよく知られる作品ですが、解剖されているのは窃盗で絞首刑にされた犯罪者です。本シリーズの趣旨である「病気を描いた絵画」とは違いますが、貼り付けたあとで気づいたので、そのままにしておきます。

 

 

next_vivanon

(残り 2175文字/全文: 4590文字)

ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。

ウェブマガジンのご案内

会員の方は、ログインしてください。

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ