松沢呉一のビバノン・ライフ

ドイツ国軍内反ヒトラー勢力—ロジャー・マンヴェル/ハインリヒ・フレンケル著『ゲシュタポへの挑戦—ヒトラー暗殺計画』[上]-(松沢呉一)

 

国軍内反ヒトラー勢力の陰謀

 

vivanon_sentence久々のナチス・シリーズです。

ヒュー・トマス著『ヒトラー検死報告―法医学からみた死の真実の評価ができずにこのシリーズはストップしてました。相変わらず、ヒトラー検死報告』の評価はできないのですが、あれは飛ばして次に行きます。

ロジャー・マンヴェル/ハインリヒ・フレンケル著『ゲシュタポへの挑戦—ヒトラー暗殺計画』の原著は1969年に発行されており、邦訳は1973年(昭和48年)に出ています。古い本です。これ以降、同趣旨のものが何冊か出てますので、皆様におかれましては、何も古いものを、読む必要はないかと思います。

邦題では内容がわかりにくいのですが、国軍内部の反ナチス、反ヒトラーの動きを追ったものです。原題は「カナリスの陰謀」(The Canaris Conspiracy)。諜報機関である国防軍情報部部長であったヴィルヘルム・カナリス(本書では「ウィルヘルム」ですが、ドイツ語読みに合わせます)を中心としたヒトラー暗殺を含むクーデター計画を取り上げています。国軍の諜報機関のトップが反ナチス・反ヒトラーだったのです。

まずお断りしておきますが、本書の主たる登場人物はカナリスですが、カナリスが陰謀者たちのリーダーというわけではありません。暗殺計画にも直接関与したのではなく、サポート役だったように見えます。

私は抵抗戦士という呼称を好んできました。本書でも「抵抗の戦士」といった言い方はされていますが、もっぱら「陰謀者」であり、時々「陰謀家」も使用しています。以下、私も軍内の反ナチスの動きについては「陰謀者」という名称を使います。

国軍内陰謀者にも左派はいましたが、カナリスを中心とした人々は大半が右派です。カナリス自身、ヴァイマル共和政に反対し、ロシアにも脅威を感じていました。王政に郷愁を抱くという意味で本書では旧右派としています。ナチスは新右派。

右派であり、軍ですから、いかに反ナチス、反ヒトラーであっても、評価しにくいムキもあるでしょう。今まで読んできた反ナチスの抵抗勢力についての本でも、比較的リベラルでも民間人の抵抗勢力ともコンタクトをとっていたモルトケのグループ「クライザウ・サークル」については触れられているのですが、どうしても白バラなど市民の不服従活動に重きが置かれます。私もそうです。

ただ、現実にナチスを倒す力を持ち得たのは国軍内陰謀者たちであり、1944年7月20日のシュタウフェンベルクを実行犯とする暗殺計画で、ヒトラー殺害はもう少しのところで実現しそうになりました。運悪く失敗はしましたけど、ナチス内部の人間か国軍の高官くらいしかヒトラーには近づけなかったですから、一般市民ではここまで至ることは不可能でした。

ここんところをちゃんと見ておきたいと思ってずいぶん前にこの本を買ってあったのですが、読むのが遅くなってしまいました。

 

 

神の名においての誓約が縛りとなった

 

vivanon_sentence国軍内で反ナチス・反ヒトラーの立場をとることの難しさ、また、戦後彼らを評価することの難しさについては、本書の冒頭に書かれています。

ナチスに支配された国々でパルチザンとして抵抗をするのは愛国者としての行動です。その一点で自分の行為を肯定できますし、そのことを知った人々も愛国者として称えることができます。実際には愛国心とは無縁だとしても、そういうものとして扱われる。

しかし、国軍内の反ナチス行動は、裏切り者とみなされます。当人としてもそこに迷いが生じる。そうすることがドイツという国のため、国民のためであるとの確信があっても、他人はそうとは認めてくれず、裏切り者として扱われることを覚悟しなければならない。

そのことは陰謀者たちの間でもたびたび議論になったようです。「自分たちがやろうとしていることは果たして愛国の行為なのか」「いったいどこまでやってもいいのか」と。

これについてカナリスが第一次世界大戦以来の先輩であるハインツ大佐にカナリスが語ったとされる言葉が残っています。

 

「われわれがどんなに不幸であるか、おそらくは一〇〇年もたったあとで、やっと詩人や賢者が理解してくれるだろう。ヒトラーが勝ったら、それは確実にわれわれの終りだ。それどころかわれわれが愛し尊んでいるドイツそのものの終りだろう。(略)

といってまた、われわれが反ヒトラーの政治闘争で勝ったとして、たしかにヒトラーは没落するだろうけども、それにつれてわれわれも共に没落することになるだろう。人は我々を信じてはくれないだろうからだ。ド・ゴールにしろ、チトーにしろ、ノルウェーにしろせ、ロシアの占領地区にしろ、われわれの敵たちにとってはすべて、この地獄の闘いの終りには、国民的勝利という事態がある。ところが、われわれのすること、われわれがしなければならず、たえずなしつつあるというのは、自己破壊によって始めなければならないのだ。それは普通の軍人などにはとてもわかりはしない。だから、やっぱりわれわれは、ヒトラーにたいする勝利をまえにして、世界から見すてられて破滅しなければならないのだよ」

 

 

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