松沢呉一のビバノン・ライフ

次々とロシアから人が出ていく様は1930年代のドイツを思わせる—ロシアの支配下では殺されかねないLGBTのウクライナ脱出劇-(松沢呉一)

逃げた人を責めてはいけない—ことあるごとに繰り返しておかないと忘れられること」の続きです。

 

 

ボリショイ・バレエ団のオルガ・スミルノワの場合

 

vivanon_sentence1930年代、ヒトラーが政権を樹立するとともに、科学者、文学者、音楽家、芸術家、演劇家、映画俳優、ジャーナリストらが次々とドイツを去りました。迫害されるユダヤ人だけではなく、自由を愛する人々もドイツを見捨てました。そのことがドイツにとっていかに大きな損失をもたらしたのかはこれまで書いてきた通りです。プーチンは「ビバノンライフ」を読んでおけばよかったのに。

今のロシアはそれに近い。すでに20万人が国を去り、その数倍の人々が国を去ることを考え始めています。

オルガ・スミルノワもロシアを捨て、ボリショイ・バレエ団のプリマの座も捨てて、オランダ国立バレエ団に移籍。

 

 

 

ロシア人が開発したアプリTelegramに登録していないためか、原文を見られなかったのですが、オルガ・スミルノワはTelegramで「全霊を賭けて戦争に反対する」と宣言。彼女の祖父はウクライナ人のため、とくにこの戦争は耐え難かったようです。

2022年3月16日付のオランダ・メディア「NOS」が今回の件を報じていて、そこに彼女を受け入れたオランダ国立バレエ団側のコメントが出ています。もともとオルガ・スミルノワとの間に、短期でオランダ国立バレエ団で踊る話があったそうで、それが前倒しになり、なおかつ長期の所属になりました。「きっかけは不幸でありながら」という前提で、素晴らしいダンサーを迎え入れることができる喜びを語っています。

 

 

さらに多くの外国人ダンサーがロシアを離れている

 

vivanon_sentenceオランダ国立バレエ団のディレクターはもうひとつ大事なことをコメントしていて、オルガ・スミルノワと同時に、サンクトペテルブルクにあるマリインスキーバレエ団ヴィクトル・カイシェータもオランダ国立バレエ団に入団。彼はブラジル人です。

ロシアのバレエ団では(どこの国もそうなのか?)、外国人ダンサーを多く抱えていて、もともと生まれ育った国ではないため、ロシア人ダンサーより先にロシアから続々脱出しており、バレエ団維持が困難になってきています。

契約がタイトな場合は「いますぐに解約」とはならないでしょうが、おそらくオーケストラ、モデル・プロダクション、スポーツ・チームなど、外国人起用の多いジャンルではどこでも同じようなことが起きているのだろうと想像できます。ロシアが人材放出中なので、さまざまなジャンルで人材ゲットのチャンスってわけです。

どのジャンルでもトップクラスの人たちになると引っ張りだこ。世界のトップクラスのバレエ・ダンサーたちが表現者として満足できる座が日本にあるかどうかはわからんですけど、ボリショイ・バレエ団にいたとなれば、バレエ教室は大人気で、食っていくには困らない。

しかし、食っていければいいってものではなく、これまで培ってきたものを捨て、安定した生活を居て、人間関係も断つことの決断は決して軽くはない。人気があり、評価があるだけに諦めなければならないものは多いのです。

ここまで書いてきたように、そういう人たち、あるいは無名の人たちであっても、ロシアを捨てる人たちをも受け入れる態勢が必要かと思います。そういう時に「ロシア人だから叩く」「逃げた人だから叩く」という発想をする人たちは邪魔。こういう連中から退治せねば。

 

 

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