松沢呉一のビバノン・ライフ

真夏日の銭湯を清掃するのは辛いと悟った—夏バテを先取り-(松沢呉一)

バテまくっていたわけ

 

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タコが高騰してたこ焼きが食えなくなる時代を見据えて代用品を探す試み—友だちが自殺したことのショックをたこ焼きで乗り越える」に書いたように、今週の頭はバテてました。精神的に落ちていたにせぽよと違い、私は肉体的にバテていて、たこ焼きパーティも、最後は疲れて寝てしまいました。

これから先たびたびああいう状態になるかもしれず、今から思いやられます。当然予想できていてよかったのに、予想できていなかったのはなぜかという話から説明しておきます。

風呂の湯温の好みは人それぞれですが、私はおおむね熱い湯が好きです。ただし、季節や状況によって変化します。

冬場のぬるい湯は風邪をひきそうになりますが、熱い湯は外との温度差のせいで実際以上に熱く感じられて、すぐには入れない。また、入っても、熱いのに寒気がすることがあります。「真冬の熱い湯は寒気がする」のは私だけでなく、広く見られる現象ではなかろうか。そのため、体が慣れるまで、熱い湯を避けます。

夏場はぬるい湯に長時間入っているのがよかったりしますが、その一方で、無性に熱い湯に入りたくなったりもします。真夏に、熱いそばやうどんを食いたくなるようなものです。思い切り熱い湯に入って汗を出したあと水風呂に入ると汗がひいて気持ちがいいのです。

※この写真は本文に関係はありません。哲学堂にある栄湯。数年前にリニューアルして大変きれいになりました。哲学堂に因んだ孔子の湯、釈迦サウナといったネーミングも一興。近所の人は行ってみるとよろしいかと。

 

 

飯田橋の熱海湯へ

 

vivanon_sentence2週間ほど前、気温が上がるとともに「熱い湯に入りたい」と思い立ちまして、飯田橋(神楽坂)の熱海湯に行きました。銭湯巡りを始めて間もない時期に1回行ったきりです。

その後も行こうとしたことはあるのですが、飯田橋駅のすぐ近くにもかかわらず迷ってしまって、神楽坂の中腹にある第三玉の湯に入って帰ってきました。こっちは露天風呂に入るために、何度も行ってます。

今回は無事たどり着けました。入口で「あっ」と思いました。提灯です。

以前書いたように、なぜか銭湯では提灯を使っていることが少ない。熱海湯がそうであるように、とくに古い木造銭湯には思い切り似合うにもかかわらず。

暖簾は98パーセントくらいの銭湯が使っているのに、提灯を使っているのは2パーセントくらいじゃないでしょうか(飾りとして弓張提灯を置いている銭湯はカウント外)。祭りの時は町内会で統一の提灯を出すことはあっても、日常的に出している銭湯は少ないのです。

最初に行った頃は「銭湯に提灯は珍しい」という認識がまだなくて、熱海湯が提灯を出していることをまるで覚えていませんでした。

祭りや葬儀以外では、提灯は左右非対称に出すのが日本の伝統的スタイルです。その方が落ち着く。ふたつ出す時は同じサイズではなく、大小で出す。このように、真ん中にひとつ出すのは珍しい。出入りに邪魔ですし。

 

 

夏こそ熱い湯

 

vivanon_sentence熱海湯はオーソドックスな木造銭湯で、入口も改装しておらず、古い番台のままです。定番通り、壁には富士山のペンキ絵。

そうじゃなければ熱海湯なんて屋号にしないですけど、湯は熱かったとの記憶は間違っておらず、ふたつの浴槽はつながっているので、全部が熱い。温度計は40度くらいですが、そんなにぬるくはない。

前に来た時は早い時間(午後6時頃)だったためか客が少なく、番台のじいちゃんと話し込んだのですが、今回は夜の10時台で混んでいます。

 

 

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