松沢呉一のビバノン・ライフ

母親との共依存からの脱出—生きているのか死んでいるのかもわからないNのこと[2]-(松沢呉一)

片手を挙げて「さようなら」—生きているのか死んでいるのかもわからないNのこと[1]」の続きです。

 

 

出会ってから28年

 

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時間が経ちすぎて、Nと知り合ったのがいつなのかはっきりとは覚えてませんが、今確認をしてみたら、1990年代半ばの数年に絞り込めます。私は30代後半。Nはひと回り以上離れているはずなので、20代の前半。たとえばそれが1994年として、私は36歳、Nは22歳。14歳差。そんなところです。

Nは漫画雑誌「ガロ」の読者でした。「ガロ」だけではなく、サブカルが好き。

「ガロ」がなくなった今となっては〈「ガロ」の読者〉という言葉から喚起されるイメージもまた消えてしまってますが、あの当時、抱かれたイメージときれいに一致して、彼女はアート指向のモデルをやっていました。〈「ガロ」の読者〉が皆アート系のモデルのわけはないですが、「迷いながら、なにかしら自身も表現に関わって奮闘している人」というイメージ。ただの被写体ではなく、自身の表現としてモデルをやっている。

その点では、KaoRiにも近い存在です(「存在が似ている」という意味であり、互いに面識まではないはず)。あるいは中川えりなにも近いか。裸にはなるけれど、エロには行き切らない。あるいはエロなんだけれども、アートという装いの中でのエロ。

Nとどこで知り合ったのかも記憶になく、それこそ「ガロ」関係のイベントだったかもしれない。

会ったその日のうちだったと思うのですが、彼女は「私を松沢さんの女にしてくれませんか」といった申し出をしてきました。それもまた〈「ガロ」の読者〉らしいか。

「彼女にしてくれませんか」だと「つきあってくれませんか」に近づきますが、そこよりもう少し距離のあるニュアンスです。虚構が入ると言ってもいい。

「彼女にしてくれませんか」「つきあってくれませんか」だと私はためらったかもしれない。この頃には風俗ライターと名乗り始めていたはずで、1対1の排他的な恋愛関係を否定して、ポリな関係を肯定し、それによって性風俗というありようを肯定的に捉え直したいという考え方を半ば実践していました。その目的のためにそうしていたというより、私自身、もともとそういうところがあって、その私的特性を強化しつつあったと言った方が正確か。

もともとの私の感覚としても、いわばセックスの思想としても、「つきあう」という言葉にまとわりつくさまざまを否定したかったのです。つきあわないでもセックスはできるし、そのセックスがつきあってのセックスすることよりも劣っているとは思えない。そんなことばかりを考えるようになってました。

Nの誘いは一般的に言う「つきあう」とはまた少し違う関係を匂わしていたため、私は「どういう意味?」なんて聞き直すことなく、「いいよ」と答えたと記憶します。

そこからどういう経緯でそのセリフを実現したのかも記憶にありません。彼女は東京の東側の出身。足立区か葛飾区だったんじゃなかろうか。綾瀬か亀有か。そこに母親と二人で暮らしていました。22歳だったかどうかもはっきりはしないですが、その歳になっても母親がうるさくて、外泊ができないということでした。

おそらくその日のうちに、あるいはそうは時間をおかずにラブホに行ったのだろうと思います。当然、泊まりではありません。

 

 

Nとのつきあい方

 

vivanon_sentence結局は「つきあう」という言葉にまとめてもいいような関係になっていくわけですが、どこまでも関係はゆるくて、互いに拘束し合うようなことはなく、通常、「つきあう」という関係にまとわりつく、「しなければならない」「してはならない」というルールはありませんでした。

最近、日本にいる外国人YouTuberが「日本と自分の国の恋愛の違い」みたいなテーマの番組をやっていて、「日本では、まずつきあうという約束を交わしてからセックスに入る。自分の国ではまずセックスをして、結果、ボーイフレンド、ガールフレンドという関係になっていく(ことがある)」という話をしてました。

日本人のすべてが「つきあってください」「いいですよ」という取り決めをするわけではないですけど、たしかに今もそういう契約をする人たちはいるのでしょう。その契約はしばしばルールを発生させます。細かくはカップルによりけりですが、「浮気してはいけない」「週に1回はデートをしなければいけない」「“愛している”と定期的に言わなければならない」「毎日電話をしなければならない」「相手が望めばセックスしなければならない」「記念日はイベントをしなければならない」など、明文化されない間でも、そういったルールが発生します。

契約が終了した時も「別れ話」という儀式を必要とします。

しかし、日本でもそういう儀式や契約を必要としない人たちがいて、こういう人たちは別れ話も必要とせず、「フェードアウト」という別れ方をします。怒鳴り合いや刃傷沙汰は必要がなくて、会いたくなくなったら会わない。また会いたくなったら会う。

私はそっちの方が性に合ってます。Nとの関係は「女にして」「いいよ」という儀式はありましたが、つきあいかたは原則「約束事なし」「束縛なし」スタイルでした。

 

 

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