後藤勝責任編集「トーキョーワッショイ!プレミアム」

【無料記事】Music Review◆いまさら分析/椎名林檎『NIPPON』(2015/09/08)

Music Review◆いまさら分析/椎名林檎『NIPPON』

やれ日の丸だ旭日旗だと今夏、話題となった椎名林檎。一年前には楽曲『NIPPON』も、右翼的だとしてそうとう叩かれていた印象が残っています。また、ワールドカップのテーマ曲としてもいかがなものか、とも。たしかにワールドカップのときは日本代表のグループステージ敗退も手伝い、ちょっと外した感がありました。しかしなでしこジャパンが決勝に進出したこともあり、ことしの女子ワールドカップにはよく合っていたのではないかと思います。ここでは、左右のイデオロギーはさておき、楽曲を淡々と分析していきます。あと、まわり道というか前置きがかなり多いです。そこがいらん、とおっしゃる方は、終盤1/3辺りまで飛ばしてください。

◯椎名林檎のポジション

端的には、椎名林檎は、過激な詞や音を大衆が受け容れやすいポップソングに落とし込むアーティストだと言えるでしょう。アンダーグラウンドでおとなしくやっていたら特に批判はされない、そういうカテゴリーでは「死」みたいな単語を含む歌詞はありふれていますし、グロい写真を用いたジャケット、考えつくかぎりの奇想天外なパフォーマンスもいくらでもあります。もちろん、それらはお茶の間や仕事場で聴くのはちょっと厳しい。人目につくところに出てくるから、詞が右翼的だ、露悪的に振る舞うのはいかん、ということになる。
ただ、こういう立ち位置を理解したうえで、NHKが「ワールドカップ中継のテーマソングではあるけれどもサッカー日本代表の応援歌としてありきたりな応援歌ではないていでつくってくれ」と依頼したのならば、アウトプットされた『NIPPON』は、きわめてクライアントのオーダーに応じた仕上がりになっているのではないでしょうか。

◯過激性向

人間が刺激に慣れていくものだからなのか、さまざまな創作分野で、それぞれのジャンルが年数を経るにつれ、複雑化、過激化していくことが多々あるようです。
ストラヴィンスキー『春の祭典』の初演で“暴動”が発生したエピソードはつとに有名ですが、これも1913年当時としてはそうとう耳障りな表現であったことが原因らしい。いま、わたしたちは映画音楽でこの種の劇的な音を聴いてもふつうのものとして受け容れますが、品行方正なクラシカルミュージックを期待して訪れた聴衆にとっては「なんじゃこりゃ」だったのでしょう。しかもこれはバレエ音楽、ニジンスキーの奇天烈な振付のおかげで違和感が倍加していたという……なんだかハナタラシがハードノイズを鳴らしながらユンボで都立家政スーパーロフトをぶっ壊した件のようなパンクさが伝わってきますね。
ジャズも最終的には轟音バリバリのノイズ+フリーインプロヴィゼーション合戦に到達しますし、こうした傾向は特定の分野にかぎったことではない。

◯メタルとパンク

ロックはどうでしょうか。プログレッシヴロック、その後の産業ロックで、複雑化と高度化を果たしたもののロックの初期衝動を忘れてしまったのでは――に対するアンチテーゼとしてパンクが登場すると(たいていのロック史や評論ではそう言われている)、やはりパンク、ニューウェーヴ以後の音楽も、どんどん複雑になり過激さを増していきます。ノイズインダストリアル、オルタナティヴ、グランジ、ミクスチャー……など、サブカテゴリーの用語と定義もどんどん増えていきました。
こうしたなか、パンク直系の新しい音楽として注目されたのが、初期ナパームデスを含むグラインドコアです。ゆったりしたロンドンパンク→やや高速化したハードコアパンク→人力の限界に挑戦した超高速ブラストビートのグラインドコアという進化系図の終点。打ち込みに対抗してアナログでどれだけ速くできるのか、という点でも興味深いものでした。ドラムスのミック・ハリスがそののち、ジャズ畑のビル・ラズウェル、ジョン・ゾーンとペインキラーを結成したことを考えても、革新的であったことはたしかです。わたしが観たペインキラーの来日公演ではビル・ラズウェルが白いサンダーバードベースをゴリゴリとピックで弾いて歪んだ重低音を出していたような記憶がありますが定かではありません。
で、そのグラインドコアが、メタル直系の新ジャンル、スラッシュメタルと融合した感のある音楽がデスメタルです。スレイヤーや日本のG.I.S.M.とナパームデスを頭のなかで混ぜ合わせるとこうなるかな、というイメージの音を出力してくれたのは、個人的にはビル・スティアーのカーカス。ここで現在あるエクストリームメタルの音像がほぼ固まってきたのではないかと思います。

◆補足というかさらに脇道:反体制

椎名林檎についての批判に、よく「ロックは本来反体制なのに体制に迎合した右翼のスタンスでけしからん」というものがあります。たとえば、パンクのときに動物愛護、反戦反核のメッセージを発信するバンドがそれなりに多かったのはたしかです。でも、じゃあトイドールズやダムドはどうなんだ、ということになるので、パンク=反体制というわけでもなく。ウッドストックのラヴ&ピースか? いっぽうで、T-REXは享楽的な恋を歌い、キングクリムゾンは人間を島と海に喩えた抽象的な愛を歌ったりしているわけで、反体制がロックの本質なのかと言われるとそれをすなおに呑み込むのは躊躇する。体制のどちら側かを強要されることなく、自由に考えられることがロックの精神ではないのか。

もっと問題なのは、政治的な意味で「(保守に対する)革新」の詞を発信するのに、音楽がロックの体制に順応してそこから一歩も出ていない保守的な3コードのロックンロールでよいのか? ということです。よく考えてほしいメッセージを発しているのに、凡庸なサウンドを背景に、お気楽なノリで「戦争反対」と連呼するだけで説得力があるのか? ということですね。言葉が深刻なわりに音楽が腑抜けてるじゃないか! 全然シリアスさが伝わんねーぞ! と叱られても仕方がない。メッセージが重要な反体制のロックが、音楽作品としても、メッセージを伝える道具としても、機能しないケースです。
この点に関しては、たとえばその名も『Hi Baku Shyo (Suffer Bomb Disease)』という題名の曲まで発表しているディスヒートが、ロックを現代音楽とプログレとパンクとノイズを融合したかのような音楽に深化させたうえで人間社会についての問題提起をしたことで応えているかな、と思います。基本的には、純粋に音楽を追い求める見地から深化した(ドラムスのチャールズ・ヘイワードはカンタベリー系グループのひとつに分類されるクワイアットサンでも活動していた)のだと思いますが、発信する詞の革新性に応じて音も同等に深まったのだと考えることもできると思います。パンク以後の音楽が複雑化多様化した理由の一端かもしれません。

◯ヘヴィな音に美しいメロディ

デスメタルやドゥームメタルを聴いていると、ヴォーカルはダミアンヴォイス(デス声)なのにそのメロディ自体は美しい、あるいはダウンチューニングの重いリフのなかでギターソロだけは泣きのメロディで美しい、みたいな楽曲に多々ぶち当たります。
以前、YBO2の北村昌士はどこかの雑誌(たぶんフールズメイト)のインタヴューで「ノイズのなかで美しいメロディが鳴っているような音楽をやりたい」という趣旨のコメントをしていたと記憶していますが、こうした発想は現在のポップ音楽ではごく当たり前になってきています。音づくりのうえでは重く過激で音圧の高さを追求していたり、あるいはノイズ系に近いものでも、楽曲そのものは美しかったりかわいかったりする。たとえばチャットモンチーは音だけを取り出すとフレッド・フリスのマサカ、あるいはアート・リンゼイのDNAなどのニューヨークNO WAVE一派やキム・ゴードン&サーストン・ムーアのソニックユースのような実験的なトーンがありますが、詩にもメロディにも日本の女の子のかわいさが十二分に漂い、その接合具合が快感になっています。
同様に、ヘヴィな音楽にポップさを載せるという方向性で椎名林檎の『NIPPON』は設計されているものと思われます。

◯楽器音と物音と楽器ノイズ

小説の「私」のように、詞のなかの語っている主体には「おまえ誰だよ?」という疑問が生じます。
椎名林檎『NIPPON』の主人公は疑いようもなくサッカー日本代表サポーターです。ここでは詞は転載しないので原典を当たっていただければさいわいですが、聴いて読んであきらかなように、『NIPPON』の詞の内容は、サポーターが選ばれた23人の選手に向かい、スタンドから「もうここまで十分準備をして予選も勝ち抜いてきたのだから、あとは己の信念にしたがってがんばりな」と、背中を押すものです。そう解釈するのが妥当でしょう。サポーターの心情に沿った詞としてはストレートすぎるというかむしろ陳腐なくらいですが、穿った見方をすると右翼的に映るのか?

主人公がサポーターであることは、じつは音づくりによってもあきらかになります。
主人公の心情は、当たり前ですが、楽器の奏でる音で表現されます。そして主人公の外部、周囲で起きていることは、物音(と言ってもチアホーンだけですが)で表現されます。そしてこの外部と内部を介するものとして、楽器の発するノイズが存在します。

具体的に見ていきましょう。冒頭、サッカー応援の象徴であるチアホーンの音が挿入され、主人公がスタンドにいて、耳に音が入ってきていることがわかります。4小節めのピックスクラッチは、外部の状況が主人公に流れ込んできていることをあらわしているのでしょう。そこで意識が覚醒し、入場する日本代表選手たちへの思いがあふれだす。

1小節めから入っている「タン、タン、タタタン」のリズムは、もちろんイングランド代表や日本代表の応援でよくやるハンドクラップのときのあれです。“ゴール裏音楽”を踏襲し、サッカーの曲ですよ、と聴く者に合図を送っているわけです。
最初のフレーズが歌われたあとの13小節めから、12フレット以降のハイポジションで弾いていると思しきベースが入ってきますが、この音も楽器による物音的な意味合いを含み、音楽的なメロディと自然音の中間のようなフレージングを実現しています。セットネック+マホガニーボディ+ハムバッキングピックアップの構成によるギブソンサンダーバードの甘くてよく伸びるサステインが、チアホーンと音楽のあいだをつないでいるというか……外部の刺激を受けながら選手たちへの思いを紡ぎ出す本篇の予告になっているかのようです。“導入装置”のベースラインが終わると、いよいよAパートの始まりです。

◯クライマックス

この楽曲の白眉は、おそらく歌ではなく、90小節め前辺りから始まる間奏です。怒涛のチョーキング&トレモロピッキングで、ソニックユース『’Cross the Breeze』のメインパートやキングクリムゾン『Starless』のクライマックスもかくやという盛り上がりを見せ、これ以上なく昂ぶったサポーターの心情、またはスタンドの様相を表現します。この間奏は120小節めくらいまでつづきます。そうとうな長さです。大事なのはこの長さで、長さが、積み重ねたサポーターの思いを量的に担保し、破壊力を増加します。
そのように音楽的な側面が強いことがNHKサッカー中継のテーマ曲としてよいのかどうかはわかりませんが(間奏まで流される機会は少ないのでは?)、サッカー日本代表を応援するサポーターの心情を綴った楽曲としてはかなり正解に近い設計だと思います。70年代や80年代の歌謡番組でこのような“ノイズギター”を奏でたら面食らっただろう轟音系の表現ではあっても、こんにちではそれほど過激ではなくちょうどいいマイルドさですらあります。
ここも重要なのはノイズであることです。本来メロディやハーモニーを奏でる楽器がノイズを発し、主人公内部の感情と外部の状況の双方が高揚し、一体となって上昇していくさまをあらわしています。
「イッた」と形容してもよいでしょう。そうしてすっと落ち着くとまたヴォーカルが入ってくる。まあ、ここで「死」という単語が入ってくるおかげでやいのやいの言われてしまうわけですが、研ぎ澄まされた魂がぶつかり合い、死と生の狭間が見えてきそうな究極のフィールドであるワールドカップでぎりぎりの戦いをしようとする選手たちの空気を表現する意図ならば、おかしくはない。そのあとにつづられるのは、偶然でもなんでもいいから強国に勝ってくれ、という祈りにも似た思いです。間奏後、椎名林檎のヴォーカルがあえて整えずにぶっ壊れ加減なダミた発声をしていることからも、極地に立った表現であると推し量ることができます。選手もサポーターもそうした場に立ち会っているのだと悟ったところでこの曲は終わります。

無難な応援歌を発注するのなら椎名林檎に任せる必要はありませんでした。先鋭的な表現と応援歌とを融合させ、いままでになかった応援歌をつくってみようということならば、その挑戦として意義はあったのではないかと思います。

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