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将来に対して自覚的ではない、残念な選択【無料公開】

Photo by Ayano Miura (C)三浦彩乃

ここに一枚の写真がある。
ひとり黙々と走るヴァイッド・ハリルホジッチ前日本代表監督を、技術委員長当時の西野朗現日本代表監督と田嶋幸三日本サッカー協会会長が視野に入れながら、何事かを話している。解任騒動を経たいまとなっては象徴的な構図だ。

ハリルホジッチ前監督の解任をめぐって政治が働いたことは想像に難くない。しかし問題は陰謀論が跋扈しがちなそこではなく、監督を解任する側がその根拠にどれだけ自覚的であったかだ。
たとえば「タテに速く」に象徴されるハリルホジッチ前監督のサッカーを日本代表チームが遂行できていないとして、その中身が下記のいずれに該当するかにより、対処の仕方は変わってくる。
・がんばればできそうだが、できるようになる保証がない
・やろうと思えばできるが、やりたくない
・日本人では今後50年かかっても絶対にできない
・適合する選手がいないこともないが、1チームぶんの人数が揃わない
「やるべきだと思ったが、日本人では遺伝的に不可能」という結論を学術的に下したのならば仕方がない。だが、そうではないだろう。もし「やるべき努力を途中で放棄して路線変更する」のであれば、せめてハリルホジッチ前監督が指揮した3年間を分析したうえで、何がどこまでできなかったのか、全部を取り入れることはできなくとも有用な部分はあったとしてそれを参考にするのかしないのか、そうした判断をもとに決めるのでなければ、次の監督は方針なきまま、ただ目先の試合に勝つためだけに、無為に近い時間を過ごすことになる。

ハリルホジッチ前監督のサッカーを習得する作業が、ロシアワールドカップ本大会のためのものだったのか、今後4年間くらいの世界の潮流を見越して強国についていくためのものだったのか、それとも50年後の日本サッカーが強くあるためのものだったのか。どういうつもりだったのかによっても、ハリルホジッチ前監督と彼が望むサッカーを全部あるいは一部、継承するのかしないのか、その必要性は変わってくる。ただ目先の大会に勝つ手段として考えていたのなら、監督の首をすげ替えても問題はないだろう。しかし中長期の強化を念頭に置いたうえでの“ハリル式”採用だったのであれば、ロシアでどれだけ勝とうが負けようが、ハリルホジッチ前監督の望む作業を最後まで貫徹するべきだった。ひとつのプランをあるゴールまでやりきり、結果を出さないことには、どのアプローチが正しく、どのアプローチがまちがっていて、どのくらい目的を達成でき、何が不足していたのか、検証することができないからだ。

ハリルホジッチ前監督の解任について、田嶋会長の会見で「勝つ可能性を1%でも2%でも上げるために」という発言があったように、西野監督への交替は「目先の試合に勝ちたい」という意向によるものなのだろう。新しいことに取り組むよりも、これまでの慣れているやり方を採用したほうが勝つ可能性が上がるという考えには一理ある。グループステージ敗退を運命づけられていたものがベスト16に、ベスト16がベスト8に化けるのかもしれない。そのくらいの“成功”はありうる。しかしそこまでだろう。これまで最高でベスト16にしか到達していない日本代表チームで、グループステージ敗退に終わったサッカーのやり直しをし、ある程度の成功を得たとして、この先につながるのかどうか。しかもめざすサッカーのいち要素としてパスワークを内包するのではなく、パスをつなぐこと自体が半ば目的化しているような状態では、進化しうるとは考えにくい。大きなブレイクスルーが望めないのであれば、いままでにないやり方を採り、今大会で惨敗したとしても4年後、8年後に、列強の仲間入りをするための足がかりを掴むべきだったのではないか。
視力が低い私としてはあまりこの喩えは使いたくないが、今回の監督交替が、近視眼的な決定であったことは否めない。将来の日本サッカーを強くしていくための決断ではなかったことが残念だ。

そもそも、ワールドカップでの勝ち負けはその国の総合力によって決まるもの。いち監督の力だけで同行できるものではない。選手の能力が低ければ、クロップだろうがモウリーニョだろうがグアルディオラであろうが優勝できるはずがない。
そして選手の能力を規定するのは、仕上げに当たるA代表での強化ではなく、育成だ。育成段階で選手の器は決まる。20代前半から半ばのピークを見据え、小中学生年代から計画的に育成せずして、サッカー強国の地位に躍り出たことのない日本が、突出したワールドクラスの選手を数十人揃えることができるとは思えない。かつてはアジアのなかでも弱小の地位に転落していた日本が世界の中堅国と言えるくらいにまでその位置を上げてきたのは、一にも二にも育成の改革があったからだ。1968年のメキシコ五輪当時は、優秀な選手はほんのひと握りしか存在しなかった。しかし突出した選手がいないかわりに、現代サッカーの諸要素は平準化して全国に行き渡り、日本全体の水準が高まった。この先、“踊り場”で停滞している日本サッカーを本気で強くしようと思うなら、いま一度日本全体の水準を高めるべく、代表監督について交わすそれに負けない温度で、育成の議論をこそするべきではないのか。もちろん育成には目標がいる。日本がどういうサッカーをめざすのかを具体的に突き詰め、言語化し、共有しなければならない。

そのうえで、A代表の強化は別物、という考え方も当然出てくる。なぜなら、A代表の23人に関しては、規格外のトップアスリート、フィジカルエリートが大集合する可能性があるからだ。げんに、2010年の南アフリカワールドカップでは、平均的な日本人よりも遙かに大きな中澤佑二と田中マルクス闘莉王というスーパーなセンターバックが二枚存在したからこそ、あれだけ守備的な戦術を採ることができた。場合によっては、日本サッカー協会が掲げる日本人に合ったサッカーとは異なるスタイルや戦術のチームでワールドカップに臨んでもいい。

ロシアワールドカップに照らし合わせて言えば、日本全体では西野ジャパンのようなサッカーを追求し、A代表だけは日本でもっとも強度の高いプレーを遂行できる23人を選抜してハリルホジッチサッカーを遂行するという判断で、日本代表監督の首をすげ替えなくてもよかったのかもしれない。
もっとも、アスルクラロ沼津、FC岐阜、ベガルタ仙台、ほかにも多くのクラブチームが遂行しているハードワークを見るに、ちんたらとパスを廻す“だけ”のサッカーを日本全体で共有する必要はないように思うが──ともかくも、日本サッカー協会が長期的な視野で育成と強化の計画を整えることを決意してくれるよう、祈るばかりだ。

Photo by Ayano Miura (C)三浦彩乃

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◎後藤勝(ごとう・まさる)
東京都出身のライター兼編集者。FC東京を中心に日本サッカーの現在を追う。サカつくとリアルサッカーの雑誌だった『サッカルチョ』そして半田雄一さん編集長時代の『サッカー批評』でサッカーライターとしてのキャリアを始め、現在はさまざまな媒体に寄稿。著書に、2004年までのFC東京をファンと記者双方の視点で追った観戦記ルポ『トーキョーワッショイ!プレミアム』(双葉社)、佐川急便東京SCなどの東京社会人サッカー的なホームタウン分割を意識した近未来SFエンタテインメント小説『エンダーズ・デッドリードライヴ』(カンゼン)がある。2011年にメールマガジンとして『トーキョーワッショイ!MM』を開始したのち、2012年秋にタグマへ移行し『トーキョーワッショイ!プレミアム』に装いをあらためウェブマガジンとして再スタートを切った。

 

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