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Dio-maga(ディオマガ)

【頼コラム:幸福の青いカモシカ】ある実況アナの転身(3508文字)

サッカーを観るのには、スタジアム観戦が一番だと思っている。一度でもスタジアムでサッカーを楽しんだことのある人なら多分、誰もそれを否定しないだろう。しかしそれでも、いや、スタジアムに通うような熱心なファンであればあるほど、テレビのサッカー中継もまた、そのサッカーライフにおいて重要な位置を占めているのではないだろうか。感動のゴールシーン、勝利のホイッスルの瞬間を、繰り返し再生した実況アナの声や言葉とともに記憶している人は少なくないはずだ。

多くのモンテディオ山形サポーターにとって、おそらく最も多く耳にしたであろう実況の声が、この春、マイクを離れた。スカパー!中継でモンテディオのホームゲームの実況を担当していた小出匡志さん。2006年にYTS山形テレビにアナウンサーとして入社し、08年からスカパー!でモンテディオを実況してきた。以来、最後の実況となった今年3月18日のナビスコカップ第1節清水戦(◯3-1)まで、担当した試合は105試合にのぼる。
「105」の内訳は、モンテディオのホームゲームが102、アウェイゲーム(鹿島vs山形)が1。それから2010W杯南アフリカ大会の1試合(グループリーグ:南アフリカvsウルグアイ)と、UEFAチャンピオンズリーグ(2014-2015)の1試合(アンデルレヒトvsアーセナル)。これら権威ある世界大会の実況は、アナウンス技術とともにサッカーに関する幅広い知識、造詣の深さがなければ務まるはずもなく、実績を積む機会のない地方局の局アナが抜擢されるのは稀有な例だった。

小出匡志

モンテディオのホームゲームの実況を担当していた小出匡志さん

小出さんは、もともとサッカー少年だった。栃木県佐野市に生まれ、小・中・高校とサッカーに熱中した。小学生の時には、06~07年にモンテディオに在籍した前田和也さん(現栃木ウーヴァ監督)と、選抜チームで一緒にプレーしたこともあるという。

「小学生の頃は『プロになりたい』みたいな夢を持っていましたが、中学生ぐらいになるとプロになれる実力じゃないことはわかりましたし、じゃあサッカーに関わっていける仕事をしたいということで、アナウンサーを目指すようになりました」

アナウンサーを志望する多くの学生と同様、全国の放送局の採用試験を受け、縁あって入社した山形テレビ。そこにモンテディオ山形があり、入社から2年後には山形テレビがスカパー!のJリーグ中継番組を制作することになる。小出さんは念願のサッカー実況アナになった。

その小出さんから、「報告」という件名のメールが届いたのは2月中旬のことだった。そのタイトルを見て真っ先に思ったのは「いよいよ小出さんも独立か」ということだった。モンテディオ番のメディア関係者の間では、小出さんはフリーアナウンサーとしてやっていける実力のある人、というのが一致した評価だったからだ。
ところが、そのメールに記されていたのは、意外な転職先だった。

「群馬県庁で県庁職員・公務員として4月から働くことに決めました」

きっと誰もが思うであろう「なぜ?」を本人に聞くことができたのは、今季リーグ戦のホーム開幕、川崎戦(3月22日)を前に賑わうプレスルームでだった。小出さんは4日前に最後の実況を終え、この日が最後のNDスタ出勤だった。

「理由はいろいろあるんですが……故郷の近くに戻りたいという思いがあって。でも僕の地元にはテレビ局はそんなになくて、この仕事を続けるのは難しいなと」

そこで浮上したのが、県の職員という仕事だった。

「山形へ来て、地元の人が地元のクラブを応援しているのを見てきました。中継を始めてからJ1に上がって、残留して、降格して、もう一回J1に上がって、去年の天皇杯では日産スタジアムに4万8000人も入った。スポーツひとつ、サッカーひとつで、こうして地域がひとつにまとまれるのって、すごくいいなって思いました。今度は県の職員という立場から、スポーツで地域を盛り上げたいと思います」

プロのサッカー選手を諦めて、難関職種であるアナウンサーになり、実況という立場でサッカー人となった小出さんは、今度は公務員試験を突破して、また別の立場からサッカーに関わろうしている。

モンテディオの試合を伝え続けた103試合。特に思い出に残る試合を聞いてみた。

「いっぱいあって難しいですね……。でも僕、ことごとく節目の試合の実況をしていないんですよ。昇格、残留、降格、去年の昇格も。全てホームゲームじゃなかった(笑)。一つあげるとしたら、アフリカW杯直後のみちのくダービー(2010年7月13日◯3-1)。いつもモチベーションは高いつもりですが、W杯の実況もたくさん聞いた後だったし、自分がワールドカップの実況をして、できなかったこともあり、それをしたいというモチベーションが、実況した105試合の中でたぶん一番高かった。こうしたい、ああしたいって考えて臨んだ試合があのみちのくダービー。開始早々に、生え抜きの秋葉がゴールを決めて試合が動いて。そして仙台が、北朝鮮代表のサポートメンバーとしてW杯に帯同していた梁勇基がFKを決めて1-1。それから田代選手のゴール。左サイドから細かくボールをつないで、石川から増田がスルーパスを出して、宮沢が走り込んでダイレクトで入れて、中で田代が合わせたんです。それは、自分の実況の中でもベストかもしれないくらい、サッカーのテンポと合ったんですよね。だからあの試合は録画していて、それ以降の中継をする前に見て『このテンポだ』って言い聞かせてやっていました。それぐらい、自分の中で参考にしているゴールでした」

ピッチで起こっていることと、実況のテンポがシンクロする。それによって、観る人はピッチ上の出来事に没頭できる。

「リズムが合うということは重要ですね。誰かが書いていたんですが、スポーツ実況って、そのスポーツのリズムと合わないと観ている人が違和感を感じる。違和感で実況が気になっちゃった時にはもう、試合はそのまま見ることはできなくなりますよね。実況が気になっちゃうということは、リズムが合っていないということなので、そこをいかにストレスなく見せるか、だと思うんです。あの時は、パスのスピード感とか、そういうリズムと自分の喋りが合ったんですよね」

アナウンサーのパーソナリティが前面に出てくるような灰汁(あく)の強さのない、ひとことで言えばとても聞きやすい実況は、意識的に構築された努力の賜物であったことを、最後の実況が終わってから知ることになった。

最後に、モンテディオサポーターへの伝言を促すと、語り尽くせぬ思いを表す言葉を探すように大きく息をついて、プレスルームから見えるスタンドに目をやった。

「中継の実況に来た時は行けないんですけど、今日のように取材で来た時には、試合前に山形のゴール裏の前に行くのがめちゃめちゃ好きでした。『今日はこれだけサポーターが来ています』みたいなリポートを撮りに行くんですが、青一色に染まった急角度のスタンドの下にいるって、選手じゃないのにこんないい場所にいていいのかなと思うくらい、けっこうゾクゾク来ますからね。選手が受けている声援を自分が浴びるみたいなところもあるし。山形を感じる時でした。これからはあそこに入れなくなるのが残念ですが、これからもあんな風に、ゴール裏はもちろん、スタジアムを満員にしてもらいたいなと思いますよね。盛り上げていって欲しいなと思います」

そして、こう付け加えた。

「これからはアウェイも含めてモンテの試合を見に行くので、サポーター席にいるかもしれません。温かく仲間に入れて欲しいなと思います」

もう、声をつぶしても大丈夫だしねと笑って、短いインタビューを終えたのだが、少なくともしばらくは、小出さんをモンテディオの試合会場で見ることはできない気がする。後日、すでに引越しを終えた小出さんから、希望通りスポーツ振興課に配属が決まったと連絡をもらった。土・日曜日に休むのは難しそうだ。せっかく公務員になったのに。

解説者として長く小出さんとコンビを組んできた越智隼人さんは、自身も慣れない中で始めた解説の仕事の相手が「小出くんで良かった」と言う。

「同い年で、しかもサッカーがすごく好きな人。自分でサッカーをしてきた人だし、プライベートで海外サッカーを見に行くくらい勉強熱心な人だったから。放送の中で、サッカーの話をキャッチボールできる実況の方だったので、僕は助けられましたね。楽しかった」

小出アナで良かったと思っているのは、多分越智さんだけではない。惜しむ声を振り切って赴く新任の地から、活躍の噂が聞こえて来るのを楽しみにしている。

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