柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『ハナ 奇跡の46日間』 これぞ王道のスポ根映画! (柳下毅一郎) -2,986文字-

 

『ハナ 奇跡の46日間』

監督 ムン・ヒョンソン
脚本 ユ・ヨンア、コン・ソンフィ
撮影イ・ドゥマン
出演 ハ・ジウォン、ペ・ドゥナ、チェ・ユニョン

 1991年、千葉・幕張のコンベンションセンター(現幕張メッセ)にて開催された世界卓球選手権には、韓国と北朝鮮は別々のチームではなく「統一コリア」として出場した。さまざまな軋轢を乗り越えて戦った「コリア」チームは、見事女性団体戦で優勝という快挙をなしとげる。その実話を映画化した感動スポ魂大作

さて、この映画を見るためにはいくつか前提となる知識が必要だろう。今の半島情勢しか知らない人には、この映画で描かれる韓国と北朝鮮の関係はまったく理解できないだろうからだ。まずは1991年という時代、ソ連が崩壊し、東西ドイツが統一された直後ということもあり、かつてないほど南北統一の機運は高まっていた。北朝鮮の支配者は金日成(キム・イルソン)、不出来な三代目とは違い、権力闘争を勝ち抜いた創業社長は国内をがっちり把握しており、譲歩も協調路線も取ることができた。南北の緊張緩和が権力基盤を強化することに役立ちさえしたのである。その状況下ではじめて南北統一チームが実現したのだ。

ダブルスこそ存在するものの、卓球は基本的には個人スポーツなので、統一チームを作るのもそんなに難しくはない。開催国である日本卓球連盟からの働きかけもあり、南北統一チームがついに実現することになった。

もうひとつの前提条件は当時の卓球界の状況である。当時、女子卓球界は事実上中国の独占化にあった(今もその状況に変わりはないが)。世界選手権の女子団体は八連覇中だった最強中国のエース鄧亞萍は史上最強の女子卓球選手と言われるほどのスーパースターで、1990年から97年まで世界ランキング一位を守りとおした。オリンピックで金メダル四個獲得、世界チャンピオンになること18回。圧倒的な絶対王者である。だがたまたま、南北朝鮮もそれに匹敵するスーパーエースを擁していた。北朝鮮のエース、リ・ブンヒは世界ランキング三位で、打倒鄧の第一人者と目されていた。一方韓国のエース玄静和(ヒョン・ジョンファ)はのちに卓球グランドスラムを達成し、韓国に卓球ブームを巻き起こしたスーパースターである。さてこれだけの面子が揃えばドラマが盛り上がらないはずはない。主役のヒョン・ジョンファを演じるのはハ・ジウォン、相手役のリ・ブンヒには我らがペ・ドゥナ。北朝鮮の冷静沈着な卓球マシンなのだが、どうしてこの人が演じるのはロボット役ばかりなのだろうか? さておき舞台は整い、役者は揃った!

1990年の北京アジア大会。女子シングル準決勝で北朝鮮のリ・プニ(ペ・ドゥナ)と韓国のヒョン・ジョンファ(ハ・ジウォン)が激突する。自分が格上と思っていたリ・プニは中国のエース、トンが待ち受ける決勝を見すえて力を温存しようとするが、ヒョンの前に屈する。二人のライバル心はさらに燃えさかった。そして翌年の世界卓球選手権、ついに雌雄を決する日が来た……

代表選手も決まり、いざ日本に乗り込むばかりとなったある日、いきなり韓国代表合宿の場にお偉いさんがやってくる。

「今回、南北で統一チームを作って参加することになったから。監督は北朝鮮側が出す!」

 聞いてないよ! いきなり「国家的要請」によって統一チームを組まされることになった代表選手たちの困惑たるや。もちろん北朝鮮側も同じくらい困惑しており、最初の合同練習は見るも無惨な結果に終わる。全員ユニフォームをぴっちり着て二列に整列する北朝鮮選手と、思い思いの服装でだらしなく集まってきた韓国選手とは水と油だ。韓国選手は仲間の「イルソン」という名前を呼ぶと北朝鮮の選手が反応するのを面白がり

「イルソン、醤油取って-!」

 と北朝鮮の男子選手キュンソン(イ・ジョンボク)を挑発する。怒ったキュンソンはいきなり足を出して大乱闘……手より先に足が飛び出すところがまさに半島流。だが、イケメンのキュンソンに一目惚れしてしまったのたのがジョンファの妹分ヨンジョン(チェ・ユニョン)。だが堅物のキュンソンは大胆なアプローチに困惑するばかりで……と定番のカルチャー・ギャップネタをからめたラブコメはいかにも韓国映画らしいベタな展開である。だが、主役の二人にとっては、あくまでも大事なのは卓球である。

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tags: スポーツ チェ・ユニョン ハ・ジウォン ペ・ドゥナ ムン・ヒョンソン 卓球 韓国

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