柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『家』 - カエルカフェの金をかけずに映画をつくる黄金のコンビネーション (柳下毅一郎) -3,384文字-

FireShot Screen Capture #050 - '映画『家』公式ページ 製作配給KCDCC' - www_kaerucafe_co_jp_ie

 

監督 秋原北胤
脚本・編集 落合雪恵
撮影 花坊
音楽 THE金鶴
出演 西村知美、松田洋治、小倉一郎、中山卓也、大谷みつほ

 

ico_yan その日、ぼくは船堀の駅前に立っていた。船堀と言えば健康ランドだが、それ以外にはミスドとセブンイレブンしかない地の果てのような場所である。なんでこんなところに来てしまったのかと言えば、それは船堀シネパルでカエルカフェの新作映画『家』を上映しているからだ。

カエルカフェとはなんなのか? 世間の9割まではその存在を知らないかもしれない。かつて白石ひとみというAV女優がいた。美貌と巨乳で一時代を画し、AVクイーンの名をほしいままにしたのだが、人気の絶頂で引退。その後はしばらくノイズ・ミュージシャンとして活動していたが、やがてCDレーベルを立ち上げる。これがカエルカフェである。カエルカフェでは自然音をはじめレコーディング、サンプリング用の自然素材のCDを販売していた。やがてこれに飽きたらずに映画製作に乗りだす。脚本を落合雪恵(白石ひとみ)が書き、製作と監督を秋原正俊(北胤)がつとめるという二人三脚体制である。二人がどういう関係なのかは神ならぬこの身には知るよしもない。

この秋原正俊という御仁が曲者で、謎のコネクションをフル稼働して映画を作っているのである。カエルカフェ映画の構成要素は以下の三つだ

1) 地方ロケ。地方自治体の全面的援助を得て作る「ご当地映画」
2) 文豪の名作が原作。著作権の切れたもの限定。
3) 微妙な有名人が主演。名前は通っているが、決してテレビで引っ張りだこではない人。

www_kaerucafe_co_jp これこそ金をかけずに映画を作るために考案された黄金のコンビネーションである。微妙な有名人なら安いギャラで口説き落としやすい。その名前と文豪の名作とを合わせて地方自治体に持ち込み、ロケへの協力をとりつける。ついでにエキストラも小道具もその他もすべてただで借りてしまえばいい。ご当地映画ブームの尻馬にのるかたちで地方自治体をだまくらかしてひたすら増えていくカエルカフェ映画。本作『家』は秋原正俊監督第22作だという。いまどきこれだけ撮ってる監督もなかなかいないだろう。

太宰生誕百年となればサトエリ主演太宰治原作『斜陽を撮り、さらには平幹主演芥川龍之介原作『蜘蛛の糸とかウド鈴木主演一遍上人とか作りつづけるご当地映画製造マシーンカエルカフェの新作、それが島崎藤村原作『家』である。もうちょっとタイトルどうにかすればいいのに……と普通なら思うところだが、カエルカフェ映画の場合作るところまでですべて終わっていて、映画館に客が来ようと来まいとどうでもいいのだ。ちなみに『家』は都内では立川シネマシティと船堀シネパルの二館のみでの公開。なぜこの二館なのかというと、江戸川競艇場と立川競輪場でロケしているからである! 島崎藤村原作で、競輪場とかどうするんだ?と思ったら、競艇の場面はテレビ画面に映るだけ、競輪場はクレジット・タイトルで使っていた! つまりほぼ上映劇場を確保するだけのためにロケを敢行しているわけで、さすがにこれは独創的と言わざるを得ない。

さて、時代はたぶん昭和のいつか、舞台はたぶん信州のどこか。カエルカフェ映画の場合、なんせ低予算で衣装も小道具も満足に揃わない(揃える気もない)ので、5W1Hがいまひとつはっきりしない。むしろわざとぼかしているようにも思われる。この話も島崎藤村なのだから昭和初期と考えるのが自然だろう。だが登場人物は全員標準語で喋っているし、西村知美は和装で通すが普通にジーンズを履いている人物もいる。建物の前には芝生が広がりベンチが置いてあったりする。まったくわからないのである。

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tags: カエルカフェ 地方映画 大谷みつほ 小倉一郎 島崎藤村 文芸 松田洋治 町おこし 白石ひとみ 秋原北胤 落合雪恵 西村知美

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