柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『渇き。』 -中島哲也は刺激の専門家である。単調な刺激の連続というのはひどく退屈なものなのである。(柳下毅一郎) -2,736文字-

映画『渇き。』公式サイト 2014-07-10 09-25-13

 

渇き。

監督 中島哲也
脚本 中島哲也、門間宣裕、唯野未歩子
撮影 阿藤正一
音楽 GRAND FUNK INC.
出演 役所広司、小松菜奈、妻夫木聡、清水尋也、二階堂ふみ、橋本愛、國村隼、黒沢あすか、オダギリジョー、中谷美紀

下妻物語 スペシャル・エディション 〈2枚組〉 [DVD] ico_yan中島哲也監督四年ぶりの新作である。さて、ぼくは中島哲也については一応主要作くらいは追いかけているのだが、当然予想されるだろうが世評と異なりまったく面白いとは思っていない。『下妻物語』は悪くなかった(ただし脚本には二点大きなミスがあると思っている。ひとつは樹木希林が伝説のヤンキーであるという伏線を全然活かしてない点。もう一つは、最後にイチゴは桃子をバイクに乗せて東関道を爆走しなければならない!「電車なら三時間?バカヤロウ、オレの50ccなら一時間半だ!」ああ、『トラック野郎』を見てない奴はこれだから!)『嫌われ松子の一生』は松子の堕落にまったくリアリティが感じられない。『告白』は人工的な物語をさらにあざとく刺激的に加工されても何も胸に感じるものがない。

中島哲也は刺激の専門家である。画面ににぎやかな刺激を加えることに関しては右に出る者がいない。だがそれは刹那的な刺激でしかなく、ストーリーともキャラクタービルディングとも無関係ではないのか……というのは中島哲也にかねてから加えられている主要な批判である。それは『渇き』でも変わらない。というか、その傾向はますます激しくなる一方で……

さて、中島哲也の映画はカット単位で -シーン単位ですらなく- 断片化されているので、ストーリーを説明するのも大変難しいのだが、おおまかにいってここではふたつの話が同時進行で進んでゆく。ひとつは役所広司演じる父親藤島昭和が行方不明になった娘加奈子(小松菜奈)を探し求める物語。もうひとつはその三年前、いじめられっ子の「ボク」が同級生の加奈子と出会う話である。事件は2015年の8月にはじまる。コンビニで強盗殺人事件があり、三人の若者が殺された。元刑事である藤島は重要参考人としていつもヘラヘラ笑っている元部下(妻夫木聡)に尋問を受けて「……クソが……」と毒づいている。ちなみにこの映画では全編ブッキーはほぼヘラヘラ笑いながらチュッパチャプスを舐めているだけ、役所広司はほぼ「……クソが……」と毒づいているだけという演技。役所広司が家に帰ると別れた妻桐子(黒沢あすか)から電話がある。

「加奈子が帰ってこないんだけど……あなたのところにいるんじゃないの?」

どうやら2014年のクリスマスイブに藤島がしでかした「何か」のせいで妻は娘を連れて出ていき、藤島は警察をクビになったらしい。

実は映画はそのクリスマスイブからはじまるんだが、このシーンがバラバラに断片化されすぎていて何を訴えたいのかすらわからない。つまりパーティではしゃぐ若者たち→楽しげなカップル→「……クソが……」と毒づく役所とカットが並べられるのだが、それぞれはまったく無関係な映像であり、幸福と不幸の対比にすらなっていない。派手なカットをいくつも並べると、それぞれのインパクトは薄れてゆく。カット間の優劣がないので、何がもっとも重要なカットなのか、見ている側にはまったくわからないのだ。この場合、もちろん「……クソが……」こそがいちばん重要なはずなのだが、印象に残るのは踊ってる若者のほうなのである。すべてが等価だから、すべて平等に意味がない。これで明るい世界の裏に隠された悪意……とか言われてもだね。
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tags: オダギリジョー 中島哲也 中谷美紀 二階堂ふみ 唯野未歩子 國村隼 妻夫木聡 小松菜奈 役所広司 橋本愛 清水尋也 黒沢あすか

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