『日本の悲劇』 – モノクロ、BGMなし、長回し、紋切り型悲劇の大芝居 (柳下毅一郎) -2,726文字-
監督・脚本 小林政広
出演 仲代達矢、北村一輝、大森暁美、寺嶋しのぶ
小林政広はサトウトシキ監督の脚本家としてピンク映画の名作を何本もモノにした名脚本家である。ただ、監督として自作を作るようになってからは、個人的にはあまりいい印象を持っておらず、ロクに見ていない。申し訳ないが、これは完全に偏見である。その間も小林氏はあちこちの映画祭に作品を出品してそこそこ評価を受けており、だがぼくは一向に見る気にならず……という状況が続いていたのだった。さてだがいつまでもそんなわがままを許してもらえるような社会情勢でもないわけで、ついにこの映画を取り上げることになったわけだが……
映画がはじまるといきなりモノクロ、カメラは固定で長回し。そのカメラの前で仲代達矢や北村一輝が大芝居するのをずっと撮っている。そういうとっても“アート”な映画です。で、これはどういう映画かというと、はじまってから三つ目くらいのシーンで、北村一輝が喋るセリフがある。
仲代達矢が「もう寝る」と立つ
「なんだよ寿司食わないのかよ。(仲代達矢がじっと北村一輝を見る)そんな目で見るなよ。俺を軽蔑してんのかよ。そうだよ俺はいい年してあんたの年金で食いつないでるよ。だからいつもは一個380円の弁当を一日二個買って、昼はそれ食って夜は焼酎飲んでつまみに半分食って、一日食費1500円月に4万5千円、光熱費やなんかやみんな払ってるよ! でもしょうがないじゃないか。俺だって就職しようと思って仕事探してたんだよ。ハローワークとかにもいったさ。でもそこでお母さんが倒れちゃってずっと看病して、四年間寝たっきりで、それがとうとう死んで、ああ、やっと自由になったと思って、そしたらそこで震災だよ。恵子を探して避難所を探し回って、でもどこにもいなくって、でも探して、でもダメで、しょうがないじゃないかもう!」
仲代、黙って一輝の頭に手を置く。
「だから今日ぐらい寿司食ってもいいじゃないか。今日がいつかも忘れちまったのかよ。今日は母さんの誕生日だよ!」
仲代、黙ってその場を去り、遺影に線香を捧げる。
「……それぐらい覚えとるよ」
いや北村一輝長ゼリフよく覚えたね、ってそういうことじゃなく、これがほぼ映画の中身なの! このあとの1時間30分、ほぼこの紋切り型の不幸の連鎖をなぞっていくだけなのである。モノクロ、BGMなし、長回しで! まさかと思うだろうがそれがこの映画のすべて。ぼくが小林政広の映画を積極的に見たくなかった理由がわかるでしょ?
(残り 1621文字/全文: 2665文字)
この記事の続きは会員限定です。入会をご検討の方は「ウェブマガジンのご案内」をクリックして内容をご確認ください。
ユーザー登録と購読手続が完了するとお読みいただけます。
会員の方は、ログインしてください。
外部サービスアカウントでログイン
Twitterログイン機能終了のお知らせ
Facebookログイン機能終了のお知らせ