柳下毅一郎の皆殺し映画通信

あなたの知らない映画の墓場、それが『お蔵出し映画祭』 ・・・日中合作日本未公開作『スイートハート・チョコレート』他(柳下毅一郎) -3,681文字-

FireShot Screen Capture #044 - 'お蔵出し映画祭|OKURADASHI Film Festival' - www_okuradashi_com

 

お蔵出し映画祭2014レポート

 

ico_yan世の中にはあなたの知らない映画がある。そのことを実感したのは、逆説的だが〈ぴあ〉がなくなってしまったときである。紙媒体としての雑誌〈ぴあ〉がなくなって、名画座や特集上映の情報を知りたければ映画館のチラシを集めるしかないという状況になったとき、ぼくも御多分に漏れず、映画館をまわってせっせとチラシを集めていたのだが、そこでふと、これまで気にも止めていなかった映画がたくさんあるのだということに気づいたのである。一応ぼくは映画評論家でもあるはずなのだが、試写状で見た記憶もない映画が普通に何本も公開されている。日本映画の公開本数が増えすぎて、誰も知らない映画がこの世に氾濫しているというのを実感した瞬間であった。その後もひたすら公開本数は増えてゆき、ますますわけのわからない映画が作られて、誰にも顧みられぬまま公開されて消えてゆく。その誰も知らない映画の群れに人一倍の興味を抱いてしまった。それがそもそものはじまりだったのだ。もともと映画ファンになった以上すべての映画を見たいという思いは心のどこかにある。そして誰も見ていない、誰も知らない映画には途方もない映画表現が眠っているのではないかという妄想じみた思いもやはりある。

この「そこらへんで公開されているけれど、誰も見むきもしない映画をいちいち見て評する」という行為、個人的には一種考古学のようなものだと思っている。いや現在の映画を発掘してるのだから、映画考現学とでもいうべきか。これ、それなりの意義あることなのではないかという気もしているのだが。誰も見たことがないまま消えてゆくかもしれないような映画を拾いあげる作業、あるいは百年後とかに評価されるかもしれないではないか。

さて、そんなシジフォスの労苦的作業をしているぼくにとって、何よりも気になる映画祭がある。それがお蔵出し映画祭である。今年で四回目を迎える映画祭は、

年間約400本の公開本数を誇る日本映画界。

日々、多くの映画が上映されていますが、 お蔵入り=劇場公開していない作品もたくさんあります。 そんな劇場未公開作品や、DVD化されていない作品、劇場でなかなか上映されない作品など、知られざるお宝映画を発掘して一挙上映してしまおう!

僕らは歩く、ただそれだけ [DVD]・・・という意図の元、尾道・福山の映画館で開催されている未公開映画一挙上映イベント。ちなみにコンペがおこなわれて最優秀作品に選ばれると劇場公開もされるというのだが、公開予定もないのに作られる映画が毎年毎年それだけあるというのがまず恐ろしい。誰も見る予定もないままに映画が作られ、見られないままに墓場へと消えてゆく。そんな映画の墓場、それがお蔵出し映画祭。

こころみに2011年に開催された第一回のラインナップを見ると、廣木隆一監督で安藤サクラ、柄本佑、菜葉菜といった面子が出演している僕らは歩く、ただそれだけとか、2003年に作られて東京国際映画祭にも出品されている千野皓司監督のTHWAY-血の絆とか、香川県の離島を舞台にした島起こし映画とか、なかなかに強烈な作品が並んでいる。これだけ売りの多そうな、メジャーな監督が撮った作品でも公開されないわけで、じゃあなんだったらいいのか?

 

 

しあわせカモン メモリアル版 (2枚組) [DVD] ちなみにグランプリは中村大哉監督、鈴木砂羽主演の『しあわせカモン』で、これは2013年に公開にこぎつけたらしい。

そういうわけで毎年順調に開催されてきたお蔵出し映画祭。いやこの映画祭が順調に開催されるのがはたしていいことなのかどうかはわからないのだが、今年は10/31~11/2の日程で、尾道・福山の映画館で開催された。さすがに四年目ともなるとタマ的にも厳しくなってきたと見えて、最初の一、二回ほど「こんな映画、作ったままで眠ってたのか!」という驚きはない。自主映画もいくつかあって、自主映画が公開されないのは当たり前だろ!みたいな気もする。さて、そんな苦しい中で選りすぐられた精鋭お蔵入り映画は以下の五本。

 

『スイートハート・チョコレート』(篠原哲雄) 出演:リン・チーリン、池内博之、福地祐介
『多摩川サンセット』(渡邊高章) 出演:舟見和利、星能豊、松井美帆
『ぼくら(半径3キロの世界/プリンの味)』(菊池清嗣、畑中大輔) 出演:谷村美月ほか
『キユミの詩集サユルの刺繍』『貝ノ耳』(杉田愉) 出演:鰐淵晴子
『Dressing UP』(安川有果) 出演:祷キララ、鈴木卓爾

鰐淵晴子主演の自主製作映画『貝ノ耳』も注目だが(これ、なんと台詞のいっさいないサイレント映画で、ポーランドの映画祭に出品されてアンジェイ・ズラウスキーに絶賛され、海外では各地で上映されたのだという。見てみたのだが、そもそも映画祭でシナリオ大賞を受賞したというのがどういう意味なのか訊きたくなる代物で……)やはり目玉は篠原哲雄監督、日中合作なのに日本未公開というスイートハート・チョコレートだろう。舞台は上海と夕張(!)。どうやらプロデューサーが夕張映画祭のファンで、夕張で映画を作りたかったらしい。しかるに中国でならそれも良かったんだんだが、日本から見ると国内描写がいろいろ不思議な感じで……

 

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