柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『最愛』 〜こんな凄い映画がまったくなんの宣伝もされずに捨て公開されてるって :柳下毅一郎

『最愛』(2011/中国) 
監督・脚本 クー・チャンウェイ(顧長衛)
出演 アーロン・クォック、チャン・ツィイー、プー・ツンシン

どこともしれぬ中国の田舎を一人の少年が歩いている。少年のナレーションで映画ははじまる。と、道端に置いてあるきれいなリンゴ。少年は拾ってそっとポケットに入れる。次のカットで棺桶に入っている少年。誰がやったんだ!とナタを持って村を走りまわる二人の男。「こうしてぼくは死んだ……この話はここからはじまる」

毒入りリンゴは少年の父を恨みに思う村人の仕業だった。父親は村で売血を斡旋し、不潔な注射針の使いまわしでエイズを蔓延させた男だった。そう、ここは河南省の“エイズ村”だったのだ。

中国の“エイズ村”の存在は二〇〇〇年ごろに明らかになった。九〇年代、中国では輸血用の血液不足から大々的な売血がおこなわれたが、現金収入欲しさに地方政府もそれを支援していたという。だが、注射針やチューブの使いまわしのためにHIVが蔓延し、エイズを発症した者も数多い。政府は風評被害を恐れて感染者の存在を隠そうとしたため、患者は孤立無援の状態に置かれることになった。村人の多くが感染した“エイズ村”は河南省などに二百以上もあるという。

物語の舞台はそんなエイズ村のひとつ。

主人公は香港映画のスター、アーロン・クォック演じる趙得意(ダーイー)、映画の冒頭で死んだ少年の叔父である。楽観的で深く物事を考えないたちだったダーイーは、兄に騙されるかたちでHIV患者となってしまった。愛しあっていた妻もよそよそしくなり、手を触れることすら嫌がって実家に帰ってしまう。村人から忌み嫌われる患者たちをみかねたのが小学校の校長だった主人公の父である。息子がしでかした不始末の尻ぬぐいとして、閉鎖された小学校(教師がエイズ禍を恐れて村から逃げ出してしまった)で、患者たちの共同生活を提案する。政府から配給されるわずかばかりの材料を分け合い、ほそぼそと、だが楽しい共同生活を送る患者たち。そこに一人の患者がやってきた。真っ赤な上着も鮮やかな美しい若妻、琴琴(チンチン)である。売血でエイズを得て、夫に捨てられるように小学校に連れてこられたチンチン。ダーイーは一目でチンチン(チャン・ツィイー)に惹きつけられる。

というわけでチャン・ツィイー主演最新作である。

チャン・ツィイー主演のエイズ悲恋もの!というとんでもない映画が試写もやらずにひっそり公開。中国では昨年公開され、大いに話題になったらしいのだがこの始末。それにしてもチャン・ツィイー、ちょっと前まで世界的スターだったのに、売春スキャンダルに巻き込まれるは、エイズになるはで半端ない汚れ感。まさかシネマート六本木で一日二回上映というところまで落ちるとは思わなかった。赤い服を着た田舎の美少女という出世作『初恋の来た道』を思い起こさせる役柄なのがなんともせつない。

エイズにかかっているものの、根は軽くて無責任なダーイーは、鄙には稀な美人の出現に有頂天。チンチンの上着が盗まれる事件を経て、二人は仲良くなる。死を突きつけられても、患者たちがちっとも善人ではなくエゴイストばかりなのが素晴らしい。炊事係の女性が率先して嘘をついて米を独り占めにしようとするくらいだから、患者共同体にいさかいは絶えない。チンチンは「テレビのCMで見たシャンプーが欲しかったの」という理由で売血し、エイズをわずらってしまったという純朴な若妻。「人生なんか無意味よ……」と落ち込む彼女に「無駄じゃない! オレと一緒の墓に入ってくれ!」と舞い上がってプロポーズするダーイー(結婚してるけど)。盛り上がってそのまま草むらで抱き合う二人!ってチャン・ツィイー青姦しちゃうの!?

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tags: アーロン・クォック クー・チャンウェイ チャン・ツィイー プー・ツンシン 中国 洋画

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