柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『キラー・スナイパー』 〜ふぁっきん最高!これぞフリードキン (柳下毅一郎)

『キラー・スナイパー』  Killer Joe (2011)
監督 ウィリアム・フリードキン
脚本 トレイシー・レッツ
出演 マシュー・マコノヒー、エミール・ハーシュ、ジュノ・テンプル、ジーナ・ガーション、トーマス・ヘイデン・チャーチ

 

これは年間ベスト級。いや、冗談じゃなくて本当なのだ。ジョン・ウォーターズは2012年のトップ10リスト第五位に選んでいる。飲み屋でジムさん(ジム・オルーク)と会うたびに「ウィリアム・フリードキンの新作見ました? ふぁっきん最高!」と言われてすごく気になっていたのである。
もちろんジムさんはフリードキンの大ファンなのだが、そこまでいうならただごとではない。というんで八方手を尽くして見ることができたんだが、これが実にふぁっきん最高!すげえ!と思ったら、なんとこの1月にレンタル先行でDVDリリースが決まっていた! これが公開されないとは、いったいどうなっておるのか

 

テキサス。豪雨の中をかけてきた少年クリス(エミール・ハーシュ)はトレイラーハウスのドアをがんがん叩く。

「開けてくれ、ドッティ!」

外では犬がぎゃんぎゃん吠える。

「黙れ!開けろよ!黙れ!開けろよ!」

と騒いでいたらドアが開く。そこには黒々としたマン毛が。
さすがに一瞬呆然とするクリスだが「パンツはけよ!」相手は義母のシャーラ(ジーナ・ガーション)である。Tシャツ一枚で寝ており、そのまま出てきたのだ。

「あんただとわかんなかったんだからしょうがないじゃない」
「おまえは相手がわかんなかったらその格好でドア開けんのかよ!」
「なによはじめて見るわけじゃなし」
「いいからパンツはけよ!マン毛ににらまれてっと落ちつかねえんだよ!」

なんというオープニングシーン。なんという捨て身の演技(ジーナ・ガーション!)。もうここだけで掴みは満点である。

クリスが真夜中に豪雨の中やってきたのは父に相談を持ちかけるためだった。

「ちょっと置いてくれよ」
「なんで母さんに追い出されたんだ?殴ったのか?」
「殴ってない!」

これを数度くりかえしたのち「殴ってない!……冷蔵庫に放り投げたんだ」売人をやっていたクリスだが、母にコカインを盗まれて、五千ドルの大穴を開けてしまったのである。元締めに返せなかったら自分が死ぬことになる。しょうがない……ママを殺すしかない! そう、ママは五万ドルの生命保険をかけている。保険の受取人はクリスの妹、ドッティ(ジュノ・テンプル)だ。ドッティはちょっと頭の弱い子なんで、お金はなんとでもなる。問題はママを殺す方だ。

ところでここにキラー・ジョーという男がいるらしい。彼は刑事だが、副業で殺し屋を請け負っている。自分の事件を自分で捜査するわけで、絶対につかまらないのだ。彼に殺しを頼んで、保険金から二万ドル払う。で残りが……三万ドル。これを三人で分ければいい。

「三人って誰だ?」
「オレと、パパと、ドッティ」
「いや四人だ。シャーラもいれて」
「シャーラ関係ないだろ!」
「アデル(元妻)より長いこと結婚してるんだぞ!」

素人が聞いてもちょっと問題あるだろ!と言いたくなる穴だらけの計画である。だが、それに疑いを抱かないのは、こいつらがバカだからだ。そう、トレイラーハウスに住んでビールばかり飲んでる父、「パンツ履けよ!」の義母、売人やってる息子。バカばかりなので、先のことを何も考えずに短絡的な計画に飛びつく。だいたい、父と息子が殺人の相談をするのはストリップクラブだ。話をしながらも、ついおっぱいに気を取られて視線が泳いでしまったりする。これぞすがすがしきホワイト・トラッシュの世界。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』の南部犯罪映画の世界である。

原作は脚本も書いているトレイシー・レッツによる戯曲。レッツはフリードキンの前作『BUG/バグ』でも組んでいた。密室の中でどんどん狂っていく二人を描く『BUG/バグ』も傑作だったが、よくもわるくも演劇的な香りは抜けなかった。だが、『キラー・スナイパー』はどこまでも映画である

バカ二人組はついにキラー・ジョー(マシュー・マコノヒー)に出会い、殺人の依頼をする。

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tags: アメリカ ウィリアム・フリードキン エミール・ハーシュ サスペンス ジュノ・テンプル マシュー・マコノヒー 洋画

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