柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『死刑囚檻房にて』 -ヴェルナー・ヘルツォークのドキュメンタリーは日本でほとんど紹介されてないのだが・・・(柳下毅一郎)

 

『死刑囚檻房にて On Death Row』 (2012)
イギリス・ドイツ映画
監督 ヴェルナー・ヘルツォーク
撮影 ペーター・ツァイトリンガー

『世界最古の洞窟壁画 3D  忘れられた夢の記憶』はヴェルナー・ヘルツォークの健在ぶりを見せつけただけでなく、劇映画と同じくらいドキュメンタリー作家でもあることをあらためて示してくれた。実はヘルツォーク、日本に来ている映画は半分くらいで、ほとんどは公開もされずDVDも出ない。そのほとんどがドキュメンタリーである。

ヘルツォークの本質はドキュメンタリー映画作家なのかもしれない。そしてこのドキュメンタリー、実はどれもこれも滅法面白いのである。日本ではとんと紹介されていなかったりするのだが。

 2012年のベルリン映画祭に出品されて大いに評判を得たのが”On Death Row”。もともとは英国チャンネル4で放映された四話ミニシリーズのTVドキュメンタリーである。ここではヘルツォークはアメリカの死刑制度をドキュメントすべく、フロリダ・テキサスの死刑囚檻房を訪れ、死刑囚にインタビューする。各話それぞれ一人の死刑囚がフィーチャーされるというわけだ。許されたインタビュー時間はそれぞれ一時間。このギリギリの条件下で、とんでもなくスリリングな番組を作ってしまうんだから、ヘルツォークの天才は健在だ。なお、この映画には使われていないが、この取材の過程で得たインタビューを元にして独立した映画”Into the Abyss”も製作している。(編集部注:チラシ画像は”Into the Abyss”) これまた傑作なのだが、今回はTVシリーズの話。

「アメリカの三十四州で死刑制度が存続しているが、現在、十六州で実際に死刑がおこなわれている。死刑は毒物の注射によって実行される。ユタ州のみが、近年まで、銃殺刑の選択も認めていた。ドイツ人であり、異なる歴史的背景のもとで育ち、アメリカへの訪問者であるわたしは、死刑制度には反対の立場である」とヘルツォークのたどたどしくも重々しいナレーションで紹介される死刑囚は四事件五人。

第一話、ハンク・スキナーはテキサス州の死刑囚である。

スキナーは一九九五年、元ガールフレンドとその二人の子供を殺害したとして逮捕され、死刑判決を受けた。だが、それから延々と控訴や再審請求をつづけ、二度の執行予定を生きのびた。2010年には執行予定時刻のわずか三十五分前に最高裁判所からの中止命令が出て生きのびるというきわどさで、大いに話題になった。

死刑執行室と死刑囚檻房とは60キロほど離れているので、車で移動しなければならない。ヘルツォークは訊ねる。ずっと壁の中に閉じ込められているあなたにとって、外の風景を見られる唯一の機会は死刑執行室への移動である。その外の風景を、あなたはどんな風に感じたのか?

無罪を主張しているスキナーはインタビューのあいだじゅう、歴史上の出来事や神話世界の話を持ち出し、自分も陰謀によって罪を押しつけられたのだと主張する。完全にエキセントリックな人物なのだが、それを馬鹿ににせず真面目に突っ込むでもなく、だが最終的には生の悲哀へと落とし込んでいくあたりの流れはまさに達人の技を見ている思いだ。ヘルツォークはときに「あなたの死刑に反対しているからといって、あなたを好きだというわけではないのですよ」などと冷たいことを言うのだが、それでもなお、すべての生命は尊重されなければならない、と訴えるのである。

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tags: ドキュメンタリー ベルリン映画祭 ヴェルナー・ヘルツォーク 洋画

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