柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『ああ栄冠は君に輝く』 第百回全国高等学校野球選手権大会記念映画、すなわち夏の甲子園大会エクスプロイテーション。いやー、ここまで主人公に共感もてない映画も久しぶりだよ (柳下毅一郎)

公式サイトより

ああ栄冠は君に輝く

監督 稲塚秀孝
脚本 伊藤康隆、稲塚秀孝
撮影 はやしまこと
音楽 藤野欣也
歌 加藤登紀子
出演 松崎謙二、渡辺梓、高橋星音、中山研、本郷弦、鎌倉太郎、加賀道子、新川淑恵
ナレーション 仲代達矢

 

第百回全国高等学校野球選手権大会記念映画ーーすなわち夏の甲子園大会映画である。とはいっても日本高野連も朝日新聞社も協賛していないようなので、勝手に作った夏の甲子園大会エクスプロイテーションということになる。何をエクスプロイテーションしたのかと思えば、なんと夏の高校野球の大会歌! かの有名な「栄冠は君に輝く」は昭和二十三年、第三十回記念大会で公募された大会歌なのだが、その公募で見事一等賞賞金五万円を獲得した加賀大介、その知られざる生涯を語る伝記映画である。いやーこれはまあ実にニッチなところを狙いに行ったというか、生涯が知られないには知られないだけの理由があるんじゃないかというか。しかもこの加賀大介、名前通りに金沢人で、生涯石川県から出なかった人なので石川県の地域映画でもあるという……しかしまあ、知るほどに「なぜ、作った」の思いが高まるばかりで……

 

 

さて、映画はいきなり実写映像で、加賀大介の未亡人、加賀道子(本人)が参列する石川県能美市根上野球場でのタイムカプセル発掘シーンからはじまる。挨拶する加賀道子氏。この球場には「栄冠は君に輝く」の歌碑が立っている。

そこから今度は実娘新川淑恵(本人)へのインタビュー映像になる。

「この歌について、お父様は何とおっしゃっていましたか?」
「父とこの歌について話したことは一度もありません……私には、父と向かい合って話した記憶がないのです」(ないのかよ!)

 というわけで淑恵(高橋星香)から見た加賀大介(松崎謙二)が語られる。とっつきが悪く、いつも文机に向かって書き物をしている父。わりと関白かつ厳格で、子供たちは父の顔色をうかがいながら食事してたりする。大学受験で早稲田に行きたいと思うのだが、怖くて言い出せない(ので母親から伝えてもらう)。そしていざ話をする段になると

「うちゃ、私立に行かせるような金はないから、大学行きたいなら国公立にせえ。それから演劇やりたいちゅうのも考え直せ」

 と頭ごなしに決めつける。反論することもなく従う淑恵。

「当時、加賀家は金沢の貯金局に勤める妻、道子さんの収入で生計を立てていました。後日そのことを知った娘、淑恵さんは演劇の道に進むのを諦めました」

 って一日中書き物してたのに、金になってなかったの!? そうなのである。加賀大介は作家を目指して一生苦闘していたが結局は何者にもなれなかった人で、道子(渡辺梓)はそんな夫を忠実に支えた妻だった……というんだが、それ、大介があまりにクズすぎないか? 実は大介は足が不自由で、自分でも夢を諦めた過去があるというんだが、そんなのがこの態度の言い訳になるか! いやー、ここまで主人公に共感もてない映画も久しぶりだよ。で、その人生が起伏に富んでたりするならまだいいんだが、それもとくになく、まったくもって「なぜ、作った」。

 

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