柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『コーヒーが冷めないうちに』 タイムトラベルものだと思ったら大間違い。自己啓発セミナーやってんじゃないんだから、と言いたくなるが原作はサンマーク出版だから…… (柳下毅一郎)

公式サイトより

コーヒーが冷めないうちに

監督 塚原あゆ子
原作 川口俊和
脚本 奥寺佐渡子
撮影 笠松則通
音楽 横山克
主題歌 YUKI
出演 有村架純、伊藤健太郎、波瑠、林遣都、松本若菜、薬師丸ひろ子、吉田羊、松重豊、石田ゆり子

 

 

face「とある街のとある喫茶店。店内の【ある席】に座ると、望んだとおりの時間に戻ることが出来るという」ただし、それには面倒くさい付帯条件がいろいろついていて……本屋大賞にもノミネートされたという原作小説だが、これをタイムトラベルものだと思ったら大間違い。付帯条件の第一が「過去に戻って何をやっても、起こったことは変えられない」以下「過去に戻っても、喫茶店を出ることはできない」「過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ。コーヒーが冷めないうちに飲みほさなければならない」……過去に戻って何をやるかというと、心残りになっていることを過去の誰かに伝える、それだけである。伝えても過去は変えられないのに、じゃあなんで伝えるの? それは自分の気を楽にするためだ! だから、ここでおこなわれているのは別にタイムトラベルじゃなくて、単なる妄想かも催眠術かもしれない。自問自答によって気持ちを新たにし、自分を変えて前向きに進むことが目的なのだ。だから映画の最後では、みながカメラ目線で自分の人生を生きる決意を語る。自己啓発セミナーやってんじゃないんだから、と言いたくなるが原作はサンマーク出版だからな……ともかく、これ話の必要上はタイムトラベルになんかしなくてもいいのである。たんに瞑想で真実にたどりつくだけでいい(それで面白くなるかは別問題だが)。なのにわざわざこんな設定にするからさあ……

 

 

さて、とある街にある喫茶フニクリフニクラ。その喫茶店のとある席に座り、看板娘の時田数(かず)(有村架純)が淹れたコーヒーを飲むと、心に願った時間に戻ることができるのだという。ただしその席には先客が座っており、その女性は「幽霊」だという。コーヒーを冷めないうちに飲み干さないと、元の時間に帰れなくなり、行った先の時間に永久に縛りつけられてしまうのだ。時を超えるコーヒーを淹れることができるのは時田家の女だけで、数の母も、祖母も、代々コーヒーを淹れつづけてきた。てかこの喫茶店いつからあるのか、椅子はずっと同じ場所にあるのか、七面倒臭いルールは時田家の人々が試行錯誤で発見したのか……とか無限に溢れでる突っ込みどころに反応してはいけない。これ、タイムトラベルものじゃないんだからね。ところで椅子に座ってただ本を読んでる幽霊をどかすことはできないのだが、ときどきトイレに立つことがある。なんで幽霊がトイレなのかとか聞いてはいけない。ともかく幽霊が席を離れたら即座に椅子に座り、コーヒーを淹れてもらわなければならない。そうしたら好きな時間へ旅できるというわけだ。

 

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