柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『American Dharma』左翼ドキュメンタリストが撮ったスティーヴ・バノン。その「理想」は悪夢としか言えないものであるかもしれない。だが、それはどんな未来なのか?

 

American Dharma

監督 エロール・モリス
出演 スティーヴ・バノン

スティーヴ・バノンという人間が気になっている。右派サイトBreitbertの編集主幹として名をあげ、ドナルド・トランプの選対に乗り込むと、誰もが無理だと思っていた不可能を成し遂げてトランプを大統領に当選させる。トランプ政権下では「首席戦略官」という特設ポストにつき、トランプを意のままに動かすかと思われたが、最終的にはジャーバンカ(トランプの娘婿夫婦)との権力闘争に破れて政権を追われる。バノンは、便宜主義者とおべっか使いと愚か者しかいないトランプ政権のメンバーの中で、たった一人、未来像と意図をいだき、ひとつの理想を実現するために政権に加わった人間であるように思われた。その「理想」は悪夢としか言えないものであるかもしれない。だが、それがどんな未来なのかには、大いに興味がもたれる。

 

 

エロール・モリスは左翼ドキュメンタリストとして知られた存在である。『死神博士の栄光と没落』ではアウシュヴィッツにガス室はなかった、という調査をしたフレッド・ロイヒターをとりあげ、『スタンダード・オペレーティング・プロシージャー』では、イラクのアブグレイブ刑務所での捕虜虐待事件をとりあげている。ただし、モリスの興味自体はそうしたイデオロギー的な指弾にあるのではないだろう。エキセントリックな人間への興味は、ヴェルナー・ヘルツォークの弟子として映画界にはいったころから変わらない。

そのモリスがスティーヴ・バノンを撮ったのである。これは気になる。日本でいうなら、想田和弘が橋下徹を撮ったような……とでも言うべきか。さて、どんなものかが生まれたのか。

 

 

実はバノンはもともと映画をプロデュースしていたほどで(ショーン・ペンの『インディアン・ランナー』やジュリー・テイモアの『タイタス』もプロデュースしている。ただの素人ではない)、映画マニアである。そこでモリスはバノンが影響を受けた映画をあげさせ、そこからバノンという人間を浮かび上がらせようとする。

まず最初にあがるのが『頭上の敵機』(1949 ヘンリー・キング)、グレゴリー・ペック主演の戦争映画である。タイトルもこの映画についてのバノンの議論から取られている。つまり、バノンはグレゴリー・ペック演じるフランク・サヴェージについて、「彼はDharmaを知っていた」と論じるのである。ダルマ、それは人間の「義務、運命、使命を合わせたもの」だ、とバノンは説明する。「自分のDharmaを満たすこと」こそが人間の使命だ。サヴェージは部下思いの人情味あふれる将官なのだが、戦争に勝利するために心を鬼にして部下を死地に送りこむ(最終的にはそのために精神を病んでしまう)。運命のために身を捧げること、それがバノンの考えるヒロイズムなのである。

 

 

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tags: エロール・モリス スティーヴ・バノン 天国編

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