柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『吾輩は猫である!』 ああまたしても「廃工場での格闘」か……。それで結局夏目漱石はなんだったんだよ

公式サイトより

吾輩は猫である!

監督・脚本・編集 笠木望
撮影監督 原俊介
出演 武田梨奈、黒田百音、芋生悠、津田寛治、松林慎司、大塩ゴウ、バンダリ亜砂也、CODY、藤田瞳子、泉ひかり、斉藤波音

タイトルに著作権はない。したがって武田梨奈が毎熊くんに寝ている間に車で松江まで拉致されて起きてびっくりのいざなぎ暮れたでおなじみ笠木望監督が「夏目漱石の小説から着想を得て、オリジナル脚本を執筆」すること自体は結構なのだが、それが「2人の女・少女・中年男、“オッドアイ”の白猫を巡る緊急事態宣言下のある事件」になってしまうと、さすがにおまえら漱石をなんだと思ってるんだ!?と小一時間問い詰めたくなってしまう。つい最近見た『メイド・イン・ヘブン』という映画にも「漱石」というペンネームの作家が出てきたし、本当にきみたち漱石ってもんをなんだと思っているのか……

 

 

地下格闘「葉隠」の戦士、美那(武田梨奈)は相手を病院送りにしてしまったせいで留置所に入れられている。二週間後、ようやく釈放された美那を迎えに来たアンナ(芋生悠)は「相手を病院送りにした上に中指をたてるなんて!」と怒って顔面を殴りつける。だがそれにも無反応な美那、実は記憶喪失に陥っていることが判明する。この映画の中で、武田梨奈は実は一言も発しない。自分がどういう状況に置かれているのかわからないからなのだが、そのために相手役が一から十まで全部状況を台詞で説明することになる。いやそれじゃあ意味がないんじゃないかと思われるわけだが、それだけでなくもうひとり、問題のオッドアイの白猫の飼い主であるパルクール使いの少女すず(黒田百音)もほとんど口をきかないので、彼女の出番でもやたらと相手役が説明的台詞を喋りまくることになる。いや、そういうことをするために口のきけないキャラクターを造形するわけじゃないと思うんだが……なお、カメラは手持ちで登場人物の背中から追いかけて走ってゆくカットが多く、主観カットと細かい編集はパルクールの表現には向いてないということがわかった。

映画は一日の出来事で、主要登場人物の行動をそれぞれを主人公にした断片で語っていく。その断片は時間も前後し、相互にオーヴァーラップするかたちで、徐々に全体像がわかっていくという仕掛けである。個々のエピソードの前には「名無し16:32」というかたちのテロップが出て、誰の話なのかがわかる仕掛け。語りの工夫は一応あるんだけど、逆にストーリーのなさと説明台詞の多さばかりが目立つ結果に……力を入れる場所を間違えてるのでは、と思わずにいられない。

 

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