柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『われ弱ければ 矢嶋楫子伝』 女子学院出身者は何か言われたら「だって常盤貴子が悪いんだよ!」と責任転嫁していけばいいのではないでしょうか

公式サイトより

われ弱ければ 矢嶋楫子伝

監督 山田火砂子
原作 三浦綾子
脚本 坂田俊子、山田火砂子、来咲一洋
撮影 高間賢治
音楽 朱花
出演 常盤貴子、石黒賢、渡辺いっけい、渡辺大、黒沢かずこ、村上知子、大島美幸、竹下景子、キャロリン・愛子・ホーランド、藤吉久美子、森岡龍、小倉一郎、栗原小巻

 

誰だこの人……と思っていたがなんと女子学院の創設者だったのか! 友人知人にも女子学院出身者は多いのだが、みな「校風が自由」「自由すぎてヤバい」「独自の戦い」と学校のことを語る。なぜそんなことになっているのか興味があったのだが、その一端がどうやらここにあったらしい。なんせ明治期にすでに「校則なし!」「試験のときには教師の監督なし!」という圧倒的自由主義教育を標榜していたというのである。なので、女子学院出身者は何か言われたら「だって常盤貴子が悪いんだよ!」と責任転嫁していけばいいのではないでしょうか。

製作は現代ぷろだくしょん。一九五一年設立、山村聡の『蟹工船』や今井正の『真昼の暗黒』で知られる由緒正しき代々木系制作会社である。初代社長だったのが山田典吾で、当初は製作を担当していたが、一九六三年の『日本海の歌』から監督進出。七四年の『太陽の歌』から妻で女優だった山田火砂子が製作を担当し、以後コンビで『はだしのゲン』や『裸の大将放浪記―山下清物語―』などを発表する。一九九八年に山田典吾が亡くなったあとは山田火砂子が監督進出し、なおも社会派作品を作りつづけている。本作で監督九作目となる。御年九十歳にしてこのバイタリティ。演出は折り目正しく、真っ向から正攻法で、まるで時間が止まっている感がある。

 

 

一八三三年(天保四年)、肥後国の庄屋山田家の六女としてかつは生まれる。男子が欲しかった父親からは名前もつけてもらえなかったかつだが、向学心に燃えて、兄直方(石黒賢)の手伝いをしながら学問を修めることを夢見ていた。だが、一八五八年(安政五年)、すでに行き遅れとみなされる年になって、兄と同門の、横井小楠門下の林七郎(渡辺いっけい)の後妻に娶される。酒乱の評判がある林のもとに嫁ぐのは気が進まなかったかつ(常盤貴子)だが、十年後、予想通り酔った林に小刀で切りつけられ、生まれた赤ん坊を連れて実家に帰ってしまう。みずから髪を切って離縁状をつきつけるかつである。当時、女性から離縁状をつきつけるのは相当に珍しいことだった。この辺、洗濯物すら男女別に分けるとか、厳しい男女差別、身分差別の様相が説明ゼリフでかっちりと伝えられる。不思議なのは物語上の力点というのが特になく、最初から最後までフラットな描写であることだ。前半のストーリーなど軽く飛ばしてしまってももよさそうなものなのだが。まあかつの一徹な性格と、当時の男女差別の厳しさを伝えるためには必要な部分なんだろうとは思うものの、林の酒乱描写なんかを延々とやっていあたりに監督の生真面目さを感じる。

 

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