柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』 アラサー女子たちの心を慰撫して領土を広げゆくスールキートス王国 (柳下毅一郎) 

『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』 (2013)

監督 御法川修
脚本 田中幸子
撮影 小林元
音楽 河野伸、カサリンチェ
出演 柴咲コウ、真木よう子、寺島しのぶ、染谷将太、井浦新、木野花、銀粉蝶、風見章子

 

 

スールキートス王国のはじまりは2006年、PFF出身のインディーズ監督だった荻上直子がフィンランドで製作したかもめ食堂 』を大ヒットさせたことからである。

かもめ食堂 小林聡美がヘルシンキで開いた日本食レストランに集う人々の淡く優しい人間模様を描いた『かもめ食堂』に集った癒しを求める女性層(F1)による共同幻想、それがスールキートス王国である。小林聡美、もたいまさこという主要キャストをそのままに、沖縄の癒し系レストランを舞台にした『めがね 』(2007)のプロデュースをつとめた木幡久美は2008年に(株)スールキートスを設立。スールキートスとはフィンランド語で「本当にありがとう」の意味。スールキートスは荻上直子監督作品『トイレット』(2010)、『レンタネコ 』(2012)をはじめ荻上作品もそうじゃないのも併せてF1層向け癒し映画を次々に送りだしてきたのだ。

めがね(3枚組) [DVD]

 

スールキートス映画の恐ろしさは、すべてを無にする共感である。そこには理屈は存在しない。「うんうん、わかるよ」の一言で登場人物は強制的に仲間となってしまう(そして白木の食卓で美味しい自然食料理を食べる)。仲間になってしまうともうその癒やし空間から逃れることはできず、伝染するかたちでどんどん広がっていく。

 

プール [DVD]小林聡美、もたいまさこの二人からはじまったスールキートス王国は『めがね』で市川実日子、加瀬亮らを取りこみ、『プール』(2009)で光石研、『マザーウォーター』(2010)ではついに小泉今日子までもがその一員になってしまった。

市川実日子はスールキートス所属タレントとなり、癒やし波動を世界に広めつつある。我々はスールキートスだ。おまえを同化する。もはやスールキートス製作かどうか、もたいまさこと小林聡美という二大スールキーサーがいるかどうかすら無関係に、ひたすらスールキートス王国は広がっていくのである。

さて、アラサー女子の共感力によって広がりゆくスールキートス王国の最新版図が『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』である。原作は益田ミリによるコミック。料理好きでカフェ勤務の主人公すーちゃん(柴崎コウ)とメーカーで営業職のバリバリOLのまいちゃん(真木よう子)、母、祖母と同居のウェブ・デザイナーさわ子さん(寺島しのぶ)の仲良し三人組の人生の悩みをほんわかと描く。料理!アラサー!仕事と恋の悩み!安定のスールキートス印で、ゆるやかに展開する三人の話にはドラマらしいドラマもない。おなじみメンバーは登場しないが、それでもしっかりスールキートス映画になっているあたりが王国の底知れない力を示している。

柴咲コウの登場に意外な感じを抱く人もいるかもしれないが、実は彼女が森ガール的感性の持ち主であるというのは『世界の中心で、愛をさけぶ』、『食堂かたつむり』においてすでにあきらかだった。スールキートスからの誘いは渡りに船。いつのまにかデビュー当時の目力も消え、顔も柔和になってすっかり向こう側の人になってしまった……

さて、映画は三人が「森」でピクニックしている光景からはじまる。すーちゃんお手製の美味しいオープンサンドを食べて幸せな休日。森からはウサギがこんにちは……と絵に書いたように平和な風景なのだがそれにしてもこの森、いったいどこなのか。まあそれは概念としての森、すべての森ガールとスールキーサーの心の中に茂っている鬱蒼とした闇のことなのだろう。

そんな感じで三人それぞれの細やかな日常描写が重ねられていく。かるいハラスメントを受けたまいちゃんがキリッとまなじりをきつくして、相手がたじろぐと「なーんてね、冗談」と言い、だがそこで「『なーんて冗談』は冗談ではない」と心の声がナレーションで突っ込む。心の中の声まですべてが音声化される安心設計である。主人公すーちゃんはカフェでは中堅どころ、若いアルバイト娘のちゃっかりに眉をひそめながらも、料理の趣味を活かして新メニューを考案したり、それなりに幸せである。ちなみにカフェの手書きメニュー黒板にはすーちゃんが毎日一言添えているのだが、

「背筋伸ばして、たまには湯船で深呼吸」

とかただのすーちゃん日記と化している。いかにもこういうカフェはありそうで、その点ではリアリティあるな。

五年間恋人なしで「恋愛の感覚、鈍ってんじゃない?」とか言われるすーちゃんだが、マネージャーの中田(井浦新)に「家庭的ですね」と言われてちょっと好意を抱いてたりする。帰り道で幼稚園児になつかれている中田と会って一緒に帰り、「ちょっと近づいたわ!」とか浮かれている。そんなある日、カフェの後輩の女の子が辞めることになりまして……と相談。

「実は……結婚するんです!中田さんと!」

すーちゃん大ショック!てか始まってもいねえよ!

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