柳下毅一郎の皆殺し映画通信

『Which Side Are You On?』 サッチャー主義が英国の貧困層に何をもたらしたのか (柳下毅一郎)

 

Which Side Are You On? (1985)
監督 ケン・ローチ

2013年4月8日、マーガレット・サッチャー元英首相が死去した。「鉄の女」と呼ばれたサッチャー首相はまちがいなく戦後最大の政治家の一人であり、現在の英国の姿を作った人間だ。経済的に言えば国営企業の民営化と規制緩和による「小さな政府」を断行し、「英国病」に半身麻痺状態だった英国を治癒した人物だということになっている。だが、その評価は今もなお相半ばする。実際にはサッチャー政権のあいだに失業者は倍増し、貧困層は増加した。

サッチャー主義の最大の発露としてその象徴となったのが1984年の炭鉱ストライキである。もともと英国の炭鉱労組(NUM)は国内最大・最強の組合としてその力を誇っていた。1974年には炭鉱閉鎖をめざしたヒース政権をストによって崩壊させている。組合と正面から闘うつもりだったサッチャーは1983年、英国鉄鋼会社の合理化に辣腕を発揮した(従業員をほぼ半減させ、赤字を圧縮した)イアン・マグレガーを石炭庁総帥に据えた。マグレガーは84年、24鉱の炭鉱閉鎖と二万人の馘首を一方的に発表。組合はただちに対抗してヨークシャー全域でストライキに入った。

ストライキは全国に広がっていく。だが、勝負は最初からついていた。1974年の敗北から、政府側は組合の戦術を研究しており、その力をそぐための方策を着々と打っていたのだ。同情ストが禁じられたことから、多くのストは違法ストとみなされ、同時に警官隊が大量に導入されて、ストに同調しない炭鉱夫たちを保護し、ピケを張るスト参加者を排除した。大量の石炭備蓄のおかげでストの威力は大いに減じられた。一年近くつづいたストだったが、結局労働者側は何も得られぬまま膝を屈する。マグレガーはそのまま合理化を推しすすめ、産業革命以来の伝統を誇った英国の炭鉱業はほぼ壊滅した。最大の労組を打ち砕いたサッチャーは、そのまま経済改革に邁進する。

Which Side Are You On?はケン・ローチの手による炭鉱ストライキのポートレートである。ローチは労働者たちの歌と詩、ストライキから生まれた詩情を紹介してゆく。集会で歌われる曲、子供たちが書いた詩。警察による弾圧を声高に訴える男。もう二度と警官の制服を信用できない、と口々に言う者たち。

「いったい誰が、このオレを、ただの一労働者を、殴りつける権利を警官に与えたんだ。誰のせいなんだ。オレはそれを知りたい」

タイトルにもなっているWhich Side Are You On?は1931年、米国の炭鉱労働者の妻フローレンス・リースが書いた有名な抵抗歌である。リースはスト破りとピケライン、どちらの側に立つのかと歌った。ここで歌われるのはビリー・ブラッグが炭鉱スト支援の思いをこめてリメイクしたバージョンである。

「サッチャーがマグレガーを連れてきた
NUMを打ち砕き
労働者の連帯を破るために
だから今、きみに訊ねよう
きみはどちらの側に立つ?」

それはもちろん警察と権力に対する問いかけなのである。

番組はまだストライキが続いている1984年の11月にITVで放映される予定だったが、局側は「視点が一方的すぎる」として放映を拒否する。ケン・ローチはもちろん炭鉱労働者にあからさまに肩入れするかたちで番組を作ったのである。もともと労働者階級の視点から映画を作ってきたローチにとってはそれは当然のことであり、また意図的なものだった。ローチは「中立な視点」からのドキュメンタリーなど(それを言うならニュースなど)存在するわけがないと述べる。

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tags: ケン・ローチ ドキュメンタリー 日本未公開 洋画

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