「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

【続報】外国人従業員賃金未払い事件・社長を直撃取材

姿を見せた児玉社長

 労働争議の渦中にあるカレー店「シャンティ」(本店・東京都豊島区)で、また新たな動きが進行中だ。

 賃金未払いを続ける社長が雲隠れしたことで、インドやバングラディシュ出身の従業員らが”自主運営”せざるを得なくなった経緯については既報の通りだ。

「賃金も2年払われていません。助けて下さい」 日本人に食い物にされる外国人従業員<前篇>

「賃金も2年払われていません。助けて下さい」 日本人に食い物にされる外国人従業員<後篇>

 全従業員は労働組合を結成し、未払い賃金の支払いなどを社長に要求。会社側との最初の団体交渉が27日夜におこなわれることとなった。

 そして当日──団体交渉に先立ち、打ち合わせのために”会場”となった大塚店へ集まった従業員らに意外な知らせが届く。

 破産の通告書だった。

 通告書は破産管財人となった弁護士から送られたもので、それによると、6月24日付で「債務の支払い不能」を理由に、会社(日本機器製造株式会社)と児玉政之社長の破産手続きが東京地裁で開始されたというものだ。

 破産の知らせを受け、従業員らの顔に不安の表情が浮かぶ。

 これからいったいどうなるのか。会社側は責任回避のために破産を偽装しているのではないか。そんな疑念を口にする従業員もいた。

 ただし団体交渉は事前通りにおこなわれるという。

 団体交渉開始時刻には各メディアが店内に押し寄せ、テレビカメラが並んだ。新聞・テレビの労働担当記者以外にも、情報番組スタッフ、週刊誌やネットニュースの記者も姿を見せた。関心の広まりをうかがわせる。

 集まったのはメディアだけではない。債権者、つまり同店と取引のある業者の担当者たちも、不安げな表情を浮かべながら店頭で社長を待ち構えていた。

 飲料品を卸している業者のひとりは「社長とまったく連絡が取れない。今後どうするつもりなのかを確認したい」と言葉少なに語った。

 18時30分、児玉社長と管財人弁護士らが同店に到着した。一斉にカメラのストロボが放たれる。

記者団に囲まれ、質問攻めにあう児玉社長

「写真撮影は許可していない」

「いや、全国の人に見てもらう必要がある」

 管財人弁護士と従業員との間で多少の口論もあったが、団体交渉中は従業員側のみを撮影するという形で、話がまとまった。

 一同が店内のテーブルに着くと、まずは管財人弁護士から経緯説明があった。

「資金繰りに行き詰まり、会社は破産した。今後、会社と社長の個人資産すべてが管財人の管理下に置かれる」としたうえで、現在の店舗運営に言及した。

「従業員のみなさんが自主的に店舗を運営しているようだが、その間も大家に対する賃料が発生している。現段階では社長に資力はなく、賃料は入居時に収めた保証金の中から支払わざるを得ない。時間が経過すれば保証金もなくなってしまう。そうなると、本来、皆さんに支払うべき未払い賃金の原資がなくなってしまう」

 従業員たちが困惑の表情を浮かべた。

 さらに管財人弁護士はこう続ける。

「どうか一刻も早く店舗をクローズしてほしい。他に支払い原資がない以上、財産確保する必要がある」

「従業員のことは家族だと思っていた」

 これに対し、労組のジョシ・バガワティ・プルサダ委員長をはじめ、従業員らが口々に抗議の声をあげた。

「これからどうやって生きていけばよいのか」

「金がないのだから国にも帰ることができない」

 悲鳴と怒声の入り混じった声が飛び交う。無理もない。労組が未払い賃金として請求しているのは15人分で約6千400万円。全店舗の保証金を全額まるまる回収できたとしても500万円にも満たない。従業員の多くは家族への仕送りができなくなっただけでなく、自らの生活費をクレジットカードのキャッシングで捻出している者もいる。しかも住む家もない彼らは店舗で寝泊まりする毎日が続いている。雀の涙ほどの金を渡されたとしても、まるで展望は開けない。文字通りの死活問題なのだ。

 ジョシ委員長は身振り手振りを交えて大声で訴えた。

「明細もわからず、水光熱費として毎月10万円も給与から引かれていた。残業代もない。こうした状況で何年間も働いてきたんです。どう責任を取るのですか。社長がいなくなるまでの間、我々が何も言わなかったのは、きっと解決してくれると信じたからだ。騒ぎ立てて問題となれば、日本のイメージだって悪くなると思った。だからずっと我慢してきたことがわかりますか?」

 これに対し、児玉社長は次のように答えた。

「お騒がせして申し訳ない。私が(労働条件などに関して)無知であった部分もある。みなさんのことは家族だと思ってここまでやってきた。今後、できることは誠意をもって取り組んでいきたい」

 神妙に頭を下げて自らの非を認めた。

 もちろん、数多くのメディアや債権者に囲まれれば、そう話すしかないだろう。

 それにしても「家族のように思っていた」のであれば、なぜに一方的に解雇や店舗閉鎖を通告し、逃げ回るようなことをしたのか。そもそも「家族」であれば、けっして彼らを放り出すような真似はしないはずだ。

 私は過去に外国人実習生を取材した過程で、幾度も「家族」を強調する経営者を見てきた。自社で働く実習生に、自分を「お父さん」「お母さん」と呼ばせる経営者も少なくなかった。だが、それは多くの場合、劣悪な労働環境を隠ぺいするための”仕掛け”でしかなかった。労働者の抗議を抑制するために、都合よく家父長制を押し付けていただけである。そこから生じるのは正当な労使関係ではなく、支配・従属の関係だけである。

 だから私は労働者との関係に、ことさら「家族」を強調する経営者に対しては、強い疑念を持たざるを得ない。外国人労働者は保護者を見つけるために来日したわけではないし、経営者だって労働者の人生を保証してくれるわけではないのだ。

 なお、未払い分の賃金を「1千500万円」だと主張する社長に対しては、組合側の指宿昭一弁護士が算出根拠を繰り返し質した。すると児玉社長は「(計算が)間違っていたかもしれない」と、とりあえずは再計算を約束した。

 団体交渉の最後に、管財人弁護士から、店の営業譲渡によって雇用継続の可能性も「ないわけでもない」といった説明もあった。

 実際、労組側にも複数の企業から間接的に同様の話が持ち込まれているが、必ずしも全員の雇用が約束されているわけではないし、なによりも譲渡先企業が未払い分の賃金を肩代わりしてくれるといった確約もまったくない。

 いまはとにかく、会社側に責任を果たしてもらうしかないのだ。

 労組、社長の双方は今後も話し合いを継続させることで合意し、この日の団体交渉は約50分で終了した。

 店の外で、私は児玉社長にあらためて問い質した。

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