「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

大阪と沖縄差別 〜 琉球を「見世物」にした人類館はまだ続いている

通天閣から見た「人類館」のあった場所

大阪で起こった「人類館事件」

 通天閣に登ったのは何年ぶりだろうか。
 平日だというのに、中は観光客でにぎわっていた。土産物店の中を延々と歩かされる経路は相変わらずで、それもまた、気分を盛り上げるための仕掛けとしてはよくできている。
 展望台から大阪の街並みを眼下に収めた。
 雑然と並んだ建物の合間、まるでぽっかり口を開けたように広がる空間が、天王寺公園と、そこに隣接する動物園だ。灰色に染まった街の中、そこだけが緑の絵の具を流し込んだかのような風景だった。
 19世紀末まで、その一帯は畑地であったという。西成郡今宮村の一部で、まだ大阪市には編入されていなかった。
 のどかな農村の風景が一変するきっかけとなったのは、1903年に開催された第5回内国勧業博覧会(大阪万博)である。
 当時、万博は近代国家を誇示するための重要なイベントだった。1851年にロンドンで初めての万博が開催されて以降、各国は競うように万博を開催した。19世紀は「万博の時代」でもあった。1867年のパリ万博には、日本からも幕府、薩摩藩、佐賀藩が初参加した。近代の波に乗り遅れるなと、日本で最初に万博が開催されたのは1877年。「万国」と銘打つほどには参加国を集める資力がなかったので、正確には内国勧業博覧会とした。
 その5回目の内国勧業博覧会が1903年に大阪で開催されたのである。
 会場となったのが、大阪市に編入されたばかりの天王寺一帯だった。現在の天王寺駅から通天閣のある新世界までの区域である。
 この万博を舞台に起きたのが、人類館事件だった。
 博覧会場には政府が所管する農業館、林業館、工業館など12のパビリオンが出展され、海外からも18か国がパビリオンを出した。さらに政府所管以外の民間パビリオンは「博覧会余興」と題して会場正門前に並べられた。
 そのうちのひとつが「人類館」である。
 これがなぜ”事件”と称せられるようになったのか。
 それは当時の「人類館設立趣意書」を読めば一目瞭然だ。
 同趣意書には大阪の有志によって企画された旨が説明されたのち、次のように記されている。

異種人即ち北海道アイヌ、台湾の生蕃、琉球、朝鮮、支那、印度、爪哇、等の七種の土人を傭聘し其の最も固有なる生息の階級、程度、人情、風俗、等を示すことを目的とし各国の異なる住居住の模型、装束、器具、動作、遊藝、人類、等を観覧せしむる所以なり

 要するに──台湾先住民、アイヌ民族、沖縄人、朝鮮人、インド人、インドネシア人、中国人といった生身の人間が、「七種の土人」として展示、見世物にするという企画である。

 当然ながら、この企画には多くの抗議が寄せられる。
 なかでも沖縄の新聞は「同胞に対する侮辱」であるとして、連日、大キャンペーンを張った。
 当時の沖縄紙は「沖縄人が憤慨に絶えざるの一事これあり候」「設立者の意図は野蛮風に見せるのが明らか」「虎や猿の見世物と変わらない」と怒りの筆致で埋められた。
 一方、当時の沖縄知識人の一部は「日本への同化」を急ぐあまりに、この事件を”利用”した。
 これら知識人は”展示”された琉球人が娼妓であったことから、「よりによって賤業婦とは」と、露骨な女性差別、職業差別を繰り返した。さらに台湾先住民などに対しても「一緒にしないでほしい」といった論調も展開している。「日本人」として認められないことへの憤怒でもあったのだ。
 貶められた者が、さらに下位に位置付けたものを貶めるといった、差別の連鎖を表面化させた。日本の同化政策、多民族への差別意識といった様々な問題が見て取れる。
 そうした点からも、人類館事件は多くの問題を提起している。
 結局、沖縄側からの抗議によって「琉球人展示」は開催半ばで中止となったが、人類館は万博終了まで”見世物”を続けたのである。
 各国からの非難も相次ぎ、その後の万博において、人類館のようなパビリオンは登場していない。
 だが、生身の人間が”展示”されたという事実は消えない。

参議院法務委員会で問われた沖縄差別

 大阪府警機動隊員による「土人」発言が問題となったとき、沖縄の新聞各紙が人類館事件を引き合いにしたのは当然だった。
 差別された側の苦痛は消えない。傷は風化することなく生き続ける。そして新たな差別が露呈するたび、瘡蓋が無理やり剥がされたように、傷口から血があふれ出す。
 「土人」発言の主である若い機動隊員が人類館を知っていたかどうかは問題ではない。連綿と沖縄への差別と蔑視が続いていることが問題なのだ。
 沖縄には、いまも蔑みと差別の眼差しが向けられている。

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