「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

【プレイバック Part.3】ウェブ版『「ペンの力」とメディア〜レイシズム、ポピュリズム、ナショナリズムと闘うには』 石丸次郎 × 西岡研介 × 松本創 × 安田浩一

 今年の9月22日、大阪にて安田浩一ウェブマガジン主催トークイベント 『「ペンの力」とメディア~レイシズム、ポピュリズム、ナショナリズムと闘うには 石丸次郎 × 西岡研介 × 松本創 × 安田浩一』を開催いたしました。そのトークイベントのウェブ版・Part.3をお届けいたします。Part.1はこちらから、Part.2はこちらからご覧ください。(編集部)

「大事にしているのは一次情報に当たることと、強い証拠を世に提出すること」

安田:石丸さんは中朝国境で協力者を得ているわけですが、ご苦労は多いと思います。

石丸:やっぱり中国は怖い国なんですよ。

安田:怖いですよね。僕も中国取材では何度か公安に拘束されています。

石丸:96年、97年あたりにものすごい数の越境者が北朝鮮から中国に流入していましたので、2000年くらいまでは、そうした人たちとの接触も簡単だった。
 ビデオを回して、インタビューさせてもらうのですが、なかには怪しい人も混じっているんですよ。「よかったら北朝鮮の中で撮った公開処刑の現場映像があるけど、見ませんか」というような「引っ掛け」を言ってくる。「怪しいな、こいつ」と思っていたら、案の定、日本のテレビ局はよく引っ掛かっていたんですね、そういう話に。ネタほしさでのこのこついていったら、中国の公安が待っている。中国では、僕も人様に言えないような危ない目に何回か遭いました。リスクは常にあります。
 これまで1000人近い北朝鮮の人と中国で会ってきました。その中には、また北朝鮮に戻る人もいます。これはという人とは二回、三回と続けて会います。でも朝中国境には北朝鮮の工作員もうじゃうじゃいるので、怖いし慎重になります。相手にしても、最初は僕のことを怖いと思っている。こいつ、どこの何者やねんと。日本から来た、朝鮮語を使う変な兄ちゃんがカメラを撮らせてくれと、いきなり言うわけですからね。もしかしたら、韓国の特務機関ではないかとか、逆に朝鮮総連から派遣されて、脱北者を調べに来ているのではないかとか。そろりそろりとまず何回か会います。北朝鮮に戻る人には、まず最初に簡単な仕事をお願いします。たとえば国内の市場の物価。約束をちゃんと守ってくれたら次のステップです。お互い疑心暗鬼から、仕事を通じてだんだん信頼のレベルを高めていく。一方で新たな人を探して中国で会い続ける。そういったサイクルをこの10年間で作ってきたんです。今、北朝鮮の中に10人ぐらいの仲間がいます。中国人のメンバーに、日常的に北朝鮮の人たちと会ってもらっていて、面白そうな人、ちゃんと話をしてくれる人、北朝鮮のことを考えてこれから変えていきたいと思っている人、発信したいと思っている人がいたら連絡をもらい、僕が会いに行きます。
 もっとも大事にしているのは一次情報に当たることと、誰もが納得する強い証拠を世に提出することです。それはやはり写真、映像、音声、文書ということになりますね。

安田:そうした時間の積み重ねがあるんですね。ノンフィクションは本来、その蓄積から生まれるものでしたし、西岡さんがさっき言ったのもそういうことだったわけです。
 調査報道の過程には、お金もかかる、時間もかかる、本人の意欲や能力も関わってくる。しかし金が無くなり、あるいは意欲が無くなり、仕事そのものの魅力が無くなる。そうなると、調査報道のプロセス自体も崩れてきます。当然、それをやってみたいと思う人間がいなくなる、売れなくなる。いわば、縮小再生産の過程をたどっているのが、今のノンフィクション界ではないかなと思っています。
 もちろん新聞やテレビも足腰が弱ってきているようにも感じます。松本さんも取材の過程で、そうした場面を多く目にしてきましたよね。

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