「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

団地が映し出す未来 1 〜 “中流”は消え、社会からの孤立死が増える日本


常盤台団地

「老いの苦悩」を抱える団地

 東京近郊の団地を取材してまわっている。
 この年末は”限界集落化”が進む松戸市(千葉県)の常盤平団地を訪ねた。
 約5千世帯が住む同団地は、住民の半数近くが65歳以上の高齢者だ。単身高齢者も約1千人。昨年(2016年)はそのうち10人が自室で亡くなった。孤独死問題は深刻だ。年末年始をひとりで過ごした高齢者も少なくない。
 常盤平団地の入居が始まったのは1960年。大規模団地の先駆けである。
 中沢卓実さん(82歳)は、第一期の入居者だ。56年間、この団地に住み続けている。
 かつて、団地は希望のシンボルだった。明るい未来を暗示する、幸福の入り口だった。
 水洗トイレ。ダイニングキッチン。浴室。ベランダ。それまで憧れていた豊かさが、夢の生活が、団地によって実現した。
 常盤平団地も開設当初、入居倍率は20倍を超えていた。東洋一のマンモス団地との触れ込みに、人々は胸を躍らせた。
 中沢さんは「輝いていた常盤平」の時代を過ごしてきた。「にぎやかだった」と昔を懐かしむ。
 団地の中央を貫く「けやき通り」は、いつも陽の光を浴びて眩しかった。街路樹が駅まで続く道のりは、毎朝、通勤する人の波で埋まった。団地の各所で子どもたちの声が一日中、響き渡っていた。街路で、公園で、2DKの部屋の中で、高度成長の波に乗る”中流家庭”の幸福が弾けていた。
 当時のジャーナリズムは、これらの人々を「団地族」と命名した。60年度版の『生活白書』では、「団地族」について次のように説明している。

 世帯主の年齢が若く、小家族で共稼ぎの世帯もかなりあり、年齢の割には所得水準が高く、一流の大企業や公官庁に勤めるインテリ、サラリーマン……

 そして団地は新しいライフスタイルを生み出した。ショッピングセンターや学校、病院を呼び込み、手の届くところですべてがことたりる暮らしを実現させた。「郊外」という文化が定着していく。
 しかし、陽の当たる坂道も、登りつめてしまえば穏やかな下りに転じる。
 子どもたちは「けやき通り」を駆け抜け、そして散った。さらに新しい生活を求めて、戸建ての住宅やマンションに移り住む人もいる。共同体ともいうべき地域住民同士の近い”距離感”を嫌う人も出てきた。
 団地から少しずつ活気が失われていく。
 気が付けば、常盤平も老いの苦悩を抱えるようになった。

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