「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

「植村裁判」とは何なのか──札幌地裁口頭弁論を傍聴して(後編)

植村裁判を支える市民の会+植村訴訟東京支援チーム発行・編集の植村裁判「徹底解説本」

人間の尊厳を守るために闘う人たち

 前編に引き続き、「札幌・植村裁判」(323日、札幌地裁・第11回口頭弁論)のリポートである。
 午前10時、開廷に先立ち、植村隆氏と弁護団が地裁正門から入場した。
 植村氏の両脇には神原元弁護士(横浜弁護士会)と小野寺信勝弁護士(札幌弁護士会)の姿があった。私としては、この風景こそが、「植村裁判」が社会に問うた意味を表しているように思えた
 いうまでもなく神原弁護士は「反ヘイトスピーチ」の闘いをけん引してきたひとりである。法廷で、街頭で、差別と排除に繋がるあらゆる動きに抗してきた。理不尽な差別に苦しんでいる人々にとって、これほど心強い弁護士はいない。
 そして小野寺弁護士。植村弁護団(札幌)の事務局長を務める彼は、外国人技能実習生の人権問題についても長きにわたって取り組んできた。
 10年前のことだ。私は熊本県内で起きた中国人実習生の人権侵害事件を追いかけていた。縫製工場で実習生として働く女性たちは低賃金をはじめとする劣悪な労働条件を強いられていた。時給300円、休日は月に一度。「逃亡防止」を理由にパスポートを取り上げられ、携帯電話やパソコンの所持も禁止されていた。「まるで人間扱いされていない」。そう訴える女性たちの悲痛な声は、いまでも耳奥に焼き付いている。彼女たちは泣き寝入りすることをよしとせず、裁判闘争の道を選択した。そのとき、彼女たちに寄り添い、一緒に闘ったのが、駆け出し時代の小野寺弁護士である。彼は、実習生を「人間扱い」しない企業に対し、心底怒っていた。体を張って実習生を守っていた。その献身的な姿はいまでも忘れることができない。
 10129日、熊本地裁は実習生たちの訴えを認め、企業や受け入れ機関の協同組合に対し、未払い賃金と慰謝料の支払いを命じた。原告側の全面勝訴だった。
 勝利判決をけて、実習生たちは裁判所前で「我們不是奴隷」(私たちは奴隷でない)と記された幕を広げた。彼女たちが「人間」を取り戻した瞬間だった。
 小野寺弁護士はこれを優しい表情で見守っていた。
 その彼が、いま、札幌で植村弁護団の事務局長を務めている。数年を経て彼がたどりついた地平を思った。
 神原、小野寺の両弁護士は、ともに人間の尊厳を守るために闘ってきた。植村裁判に関わるというのは、そういうことなのだと私は思っている。

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