それでも世界は動いている 抵抗するアスリート
世界陸連(ワールドアスレティックス)が主催する「ワールドアスレティックスアワード2020」の受賞者が決まったことは、昨年末に知った。
ある会合でたまたま隣り合わせた明治大学名誉教授・寺島善一さんから聞いたのだ。寺島さんは世界のスポーツ事情に詳しい。
私は陸上競技に対してさほどの関心を持たない。そうしたアワードが存在することすら知らなかった。
それでも寺島さんの話に引き込まれたのは同アワードの「会長賞」受賞者の名前を聞いた瞬間に、忘れかけていたひとつの風景を思い出したからだ。
トミー・スミス、ジョン・カルロス、ピーター・ノーマン。
そう、あの3人だ。
彼らはいずれも1968年のメキシコ五輪・男子陸上200メートルのメダリストである。
あの日──男子200メートルの決勝がおこなわれた同年10月17日。スミスは19秒83の世界記録を出して優勝、金メダルを獲得した。銀メダルはノーマン、銅メダルはカルロス。
3人は表彰台に立った。
“事件“はそこで起きた。世界はそれまで目にしたことのない表彰式と出会うことになる。
米国国歌が流れ、星条旗が翻る。だが、ともにアフリカ系米国人であるスミスとカルロスは、勝者を讃える観衆の声には応えなかった。
二人は頭を垂れ、星条旗から視線を外す。同時に、拳を高く突き上げた。そのまま微動だにしない。米国歌が流れる間、黒手袋を着けた拳だけが、頭上の何かをつかみ取るかのように天を突いていた。
後に「ブラックパワー・サリュート」と呼ばれるようになるこの行為は、黒人差別を温存させる世界に向けた、抗議の意思表示だった。
スミスは黒いスカーフを首に巻いていた。これは黒人のプライドを象徴するものだった。また、カルロスはクー・クラックス・クラン(K.K.K)など白人至上主義団体によるリンチを受けて亡くなった人々を祈念するロザリオを身につけていた。
表彰台に立った3人の中でただひとりの白人選手、オーストラリア出身のノーマンも、前述の二人に同調した。スミスとカルロスの行為に賛意を示すバッジ(Olympic Project for Human Rights)を胸に付けて表彰台に上がったのだ。
そのころ、米国はまだ公民権法が制定されたばかりである(同法成立は1964年)。人種差別を禁ずる法が整備されても、理不尽な不平等は各所に残されていた。人種間による貧富の格差は激しく、特に米南部では法を無視した差別もまだ公然と行われていた。
また、ノーマンの出身国であるオーストラリアでも白人優先を掲げる白豪主義が健在だった。先住民や移民など非白人の人権は軽視されていた。
3人のメダリストは五輪表彰式という晴れ舞台で、人種差別が厳然と存在することを世界に向けて訴えたのだ。拳を突き上げ、頭を垂れ、五輪の“権威“にも逆らった。
画期的な行為だった。
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