「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

入管収容のスリランカ人女性を死に導いたのは誰か 入管の権限強化を図る #入管法改悪反対


名古屋入管前で抗議する支援団体

「私を連れて帰ってください」

 テーブルの上に遺品が並べられた。

 パジャマ、パーカー、和英辞典、色鉛筆とカラーペン。死んだ彼女が残したものは、ありふれた日用品ばかりだった。生きてきた軌跡を想像するには材料に乏しい。だが、そこに主張がなかったわけではない。ごくごく控えめではあるけれど、彼女が生きることへのこだわりを訴えていたのは、いくつものイラストが描かれたメモ帳だった。


 幼さの残るタッチは、しかし、どれもが優しさに満ち満ちている。伝わってくるのは、じんわりとした体温だ。生き物と自然を慈しむ視線だ。

 触れることも見ることもできない生き物の姿を捉えながら、彼女は壁の向こう側へ渡ることを夢見ていた。飛ぶことも跳ねることも、いや、歩くことすらできなかった状態で、それでも生きたいと願っていた。

 今年3月3日、彼女は面会に来た支援者に向けてこう告げている。

 「私を連れて帰ってください」

 それがに向けた最後の言葉だった。

 名古屋出入国在留管理局(名古屋市)に収容されていた当時33歳のスリランカ人女性、ラスナケア・リヤナゲ・ウイシュマ・サンダマリさんが亡くなったのは3月6日である。

 ウィシュマさんは母国の大学を卒業後、2017年に来日した。日本の子どもたちに英語を教えたいという夢を持ち、千葉県内の日本語学校に入学。ところが両親からの仕送りが途絶えたことで学費を払えなくなり、在留資格を失った。その後、同居していた男性のDVから逃れるため警察へ駆け込んだが、そこでオーバーステイが発覚してしまう。

 20年8月、名古屋入管の収容施設に収容された。

 ウィシュマさんとの面会を重ねてきた愛知県の支援団体START(外国人労働者・難民と共に歩む会)」顧問の松井保憲さんによると、「収容直前まで、彼女は入管を困窮した外国人の保護施設のように思い込んでいたらしい」という。

 言うまでもないが、入管の収容施設はけっして人身保護、人権救済のためにつくられたものではない。在留資格を持たない外国人を対象とした、強制帰国を実現するための施設だ。外形的には外国人専用の刑務所といってもよいだろう。実際、被収容者はあらゆる活動、移動の自由を奪われ、狭い空間に閉じ込められる。完全な拘禁施設であることに変わりはない。

 だが、同居男性の暴行から逃れ、日本に頼るべき人を持たなかったウィシュマさんにとって、入管はある種のシェルターのようにも認識されていたのであろう。

 少なくとも収容されるまでは。      

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