「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

「生活保護の現場ルポ 2012」から変わらない日本の今を考える<4>

「生活保護の現場ルポ 2012」から変わらない日本の今を考える<3>

 生活保護の利用者数が増えているのは事実だ。厚生労働省のまとめによると、全国で生活保護を利用している人は2011年度。月平均206万人を突破した。生活保護費の総額は約3兆3千億円にのぼる。統計が開始された1951年以降、過去最高数字だ。

 ちなみに同年度(51年)の利用者数は約201万人。もっとも利用者数が少なかったのは1995年度、約88万人である。

 その後、バブル崩壊の影響などを受けて上昇に転じ、特に09年以降における伸びが著しい。これはリーマンショックの影響でリストラ、派遣切りが相次ぎ、失業者が急増したことが背景にある。

 「09年、厚生労働省から『職や住まいを失った方々への支援の徹底について』と題された通達があったんです。これが流れを変えました」

 生活保護利用者急増の流れを解説するのは前出・都内で勤務するケースワーカーだ。

 もともと生活保護利用者の多くは高齢者、障がい者、そしてひとり親家庭で占められていました。ところがリーマンショックによって、職と住居の両方を一度に失ってしまう人が増えたことで、多くの若年層を含む生活困窮者が生まれてしまったのです」

 首切りに遭った派遣労働者の多くは、派遣会社が用意したワンルームマンションなどの寮で生活していた。つまり派遣切りはとは住居を失うことをも意味していたのである。

 「これによってホームレスが爆発的に増えてしまえば深刻な社会問題になりかねない。そこで厚労省は職や住まいを失った方々への支援、つまり、そうした方々への生活保護適用を認めるよう、通達を出したわけです」

 それまで、いわゆる「稼働世帯」が生活保護を利用することは非常に厳しかった。「まだ若いのだから」と申請すら受け付けてもらえないケース、あるいは住居がなければ受け付けてもらえないといった事例も多かった。

 生活保護法では、たとえ住居がなくとも申請要件を満たせば生活保護の利用は認められる。だが、それまで多くの自治体では「ホームレスは利用できない」「まずは家を確保してから申請に来るように」といった対応をしていたのである(現在もそうした対応を続ける自治体も少なくない)。厚労省の通達は、法にかなった対応を厳格に求めるものでもあった。

 この措置によって派遣切りなどに遭った「稼働世帯」の利用者が増えたのだ。

 悪いことではない。「ホームレスが増えると社会問題になる」といった考え方は差別に直結するものだが、しかし、困難にある人々へ手厚く、そしてできるだけ申請のハードルを低くするといった施策は、むしろ当然ともいえる。それが福祉というものだ。

 だがこの現象が、「怠け者が生活保護を利用している」といった論調をも呼び込んだ。

 しかも、こうした利用者急増を「日本の恥」などと評することは許されるのか。

 「もう、誤解だらけですよね。生活保護バッシングには何か意図的なものを感じるんですよ」

 うんざりした表情で話すのは、生活保護に詳しい小久保哲郎弁護士(大阪市)だ。生活保護問題対策全国会議の事務局長を務めている。日ごろから利用者の相談に乗っていることから、昨今は世間からの風当たりも強い。なぜ怠け者を助けるのか、といった事務所への苦情電話も少なくないという。

 「自分はこんなにも生活が苦しいのに、一方ではラクして儲けているヤツがいる。お前はそんな人間の味方なのか。まあ、そんな批判の声が多いわけです。よくよく話を聞いてみれば、その人も十分に生活保護を利用できる生活レベルにあったりするわけです。そんな場合は『あなたも利用しませんか』と勧めてみるのですが、たいていは『バカにするな』『そこまで落ちぶれていませんよ』と電話を切られてしまいますね。生活保護への偏見がよくわかります」

 その小久保弁護士が指摘する生活保護への「誤解」「偏見」とは、次のようなものだった。

 まず、生活保護制度はじまって以来の最高利用者数について。

 「単純に人数だけで比較すればそうかもしれません。ですが正確に人口を母数にした利用率でみれば。必ずしも過去最高とは言えないのです」

 たとえば制度が開設された1951年。前述したようにこの年の利用者は約204万人である。なお、当時の人口は約8457万人。人口における生活保護の利用率は約2.4%だ。

 対して2011年の人口は約1億2700万人。利用者(約206万人)は51年を上回っているが、利用率は1.6%となる。

 「過去最高だと騒いでいますが、冷静に判断すれば利用率はそれほど高くない。全国民の1.6%という数字が、それほど危機的なものでしょうか。これはヨーロッパ諸国などと比較すれば相当に低い数値です」

 ちなみにドイツの利用率は9.7%、フランスは5.7%、イギリスは9.3%である。

 さらに生活保護を利用できる資格を持った人々のうち、実際にどれほどの人が利用しているのかを示す「捕捉率」に関しても、日本は相当の低水準だ。

 2007年、厚生労働省は「生活扶助基準に関する検討会」を開き、本来、生活保護を利用すべき水準にある家庭が人口比の6~7%に及ぶことを示した。これはリーマンショック以前の数字であるから。現在はさらに上昇していることであろう。仮に、生活保護を受けるべき水準にある人々を人口比の6~7%、約1000万人とすれば、捕捉率は2割程度である。

 この1000万人はけっして大げさな数字ではない。国税庁の「民間給与実態統計調査」(平成21年)を見ても、年収200万円以下の就労者は約1100万人にも上っている。

 一方、日弁連の調べによると、ドイツの捕捉率は64.6%、フランスは91.6%、イギリスも50%を超える。

 「日本の捕捉率の低さは異常です。つまり多くの受給漏れがあるということなんです。日本人特有の、生活保護利用を恥とするスティグマの問題もありますが、それ以上に、制度そのものが狭き門であることを示した数字だと思いますね」

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