「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン

辛淑玉さん DHC TV「ニュース女子」一審判決勝訴 沖縄、在日ヘイトとの闘いは続く

記者会見(手前より佃克彦弁護士、辛淑玉氏、金竜介弁護士、神原元弁護士)

 記者会見を終えた辛淑玉さんのもとに駆け寄った。

 なんと声をかけるべきか。まぶたを真っ赤に腫らした辛さんの顔を目にしたら、何も言葉が出てこない。

「前の晩は眠れなかった」と辛さんの口から低くくぐもった声が漏れた。

「(裁判に)負けたらどうしよう。そんなことを考えているうちに、平静ではいられなくなった。私が負けたら……きっとまた叩かれる。それみたことかと騒がれる。そのうえ沖縄の人々もバッシングの対象となる。耐えられないよ、そうなってしまったら。だから不安で仕方なくて、一睡もできなかった」

 幸い、裁判に勝った。間違いなく勝訴だ。喜ばなくちゃいけない。なのに、なんなんだ。

 嗚咽をこらえたような辛さんの声を聞きながら、あまりにせつなくて私のほうが泣きたくなった。

 貶められて、傷ついて、闘って、ようやくここまで来たのだ。両手を挙げて喜びを表現したっていいじゃないか。それでも辛さんは固い表情を崩さない。少しの笑みも見せない。

 会見では「画期的な判決。突破口を開いたようにも思う」と前置いたうえで、こんなことも述べていた。

「判決を聞きながら、沖縄のことを考えていた。沖縄戦を経て、日本に捨てられ、そして日本国憲法を望んで、日の丸まで降って日本に復帰した沖縄の歴史。その沖縄を、そこで生きる人々を、番組は愚弄した。それについては、裁判所の力でも裁くことはできなかった。つまり、私ひとりだけが救助されたようにも思う。自分が卑怯な存在なようにも感じた」

 裁判に勝ってなお、これでよかったのかと自身を責める。

 確かに差別の視線と中傷が向けられたのは辛さんだけではない。沖縄で基地被害を訴えてきた市民も、あるいは日本社会で暮らす外国籍市民もまた、辛さん同様の苦痛を味わった。

 だからこそ、先頭に立って闘った。「卑怯」なものか。標的にされたのだ。理不尽な憎悪を向けられたのだ。これでもかと差別に満ち満ちた言葉を向けられてきたのだ。裁判では相手側弁護士から「母国である韓国では基地反対運動をしないのか」とも質問された。在日コリアンとして生きてきた辛さんにとって、そうした言葉がどれだけ苦痛を伴うものであったか、おそらくその弁護士だってわかってはいまい。「国へ帰れ」という言葉の矢を全身で受け止め続けてきた辛さんの思いなど、はじめから理解していなかったに違いない。

 「卑怯」なのは、いつだって差別する側だ。

 安全圏に居座り、ときにヘラヘラと笑いながら、差別の旗を振り続ける者たちだ。

 辛さんは、恥じることなんてなにひとつない。

 満身創痍で勝ち取ったのだ。誇るべき勝訴だ。

判決文の一部

 情報番組「ニュース女子」に名誉を毀損されたとして、辛さんが同社と番組司会者を訴えていた裁判の判決で、東京地裁(大嶋洋志裁判長)は9月1日、名誉棄損を認定し、制作会社のDHCテレビジョンなどに550万円の支払いと、謝罪文の掲載を命じた。

 一方、番組司会者である長谷川幸洋氏(元東京・中日新聞論説副主幹)に関しては「企画や編集に関与していない」として、その責任は認めなかった。同時に長谷川氏からの反訴も棄却された。

 重要なのは「ほかの事例と比べて極めて高額な賠償命令だった」(原告側の佃克彦弁護士)ことにある。

 判決では、「ニュース女子」の放送内容について、辛さんが米軍基地建設の抗議活動において「暴力や犯罪行為が行われることを認識・認容したうえで、経済的支援を含め、これを煽っている」という印象を与えるものだと指摘。さらに「十分な取材や裏付け調査」もしておらず、真実相当性(真実だと認めるに十分な理由)もないとして、「原告(辛さん)の名誉を棄損するものであり、(番組側の)不法行為責任は免れない」と判示した。

 そのうえで辛さんの「精神的損害が重大」「金銭賠償のみをもって填補するのでは十分とはいえない」とも指摘し、謝罪広告の掲載も命じた。

 その他、現在もネットで公開されている番組動画に対する削除命令は棄却されたが、動画公開が続く限り、謝罪広告もまた継続しなければならない条件が付けられた。つまり動画再生するたびに視聴者は番組側の「謝罪」を目にすることになる、というわけだ。

 ちなみに、掲載を命じられた謝罪文の内容は以下のとおりである。

<タイトル>ご報告とお詫び

<本文>

 当社(※DHCテレビジョン)が2017年1月2日及び同月9日に「TOKYO MX」を通じて放映し、その後、当ウェブサイトで送信してきた本番組「ニュース女子♯91」「ニュース女子♯92」は、沖縄における基地反対運動において、あたかも辛淑玉氏が、暴力も犯罪行為も厭わない者たちによる反対運動に関し、同反対運動において暴力や犯罪行為がされることを認識・認容した上で、経済的支援を含め、これを煽っているかのような、事実と異なる内容を有するものでした。

 当社は、上記各番組の放映により、辛淑玉氏の名誉を棄損したことを認め、辛淑玉氏に対し深くお詫び致します。

 DHCテレビジョン

 こうしたことから原告・辛さん側の圧倒的な勝訴であることは疑いようがない。被告側の主張はことごとく退けられたのだ。

 なお、原告側は長谷川氏への請求が認められなかった点について、被告側は損害賠償命令などを「不当」として、双方が控訴の意思を示している。

 それにしても、問題となった「ニュース女子」沖縄編とは、どのような内容の番組であったのか。

 詳しくは以前に書いた下記記事を読んでいただきたい。

【無料記事】沖縄に関する「デマ」の真相 3〜 TOKYO MX『ニュース女子』が撒き散らす沖縄、在日ヘイトのフェイク・ニュース

 同記事にも記したことだが、大事なことなのであえて繰り返しておきたい。

 番組はリポーターを沖縄に派遣し、「現場」を見て回ったとするものだが、放送内容は徹頭徹尾、悪意と偏見に満ちていた。

 「基地建設反対派に日当」「取材すると襲撃される」──。番組が示唆したのは手垢のついたデマばかりである。最初から真剣に取材する気などなかったのではないか。そう受け取られても仕方のない内容だった。

 そもそも取材らしい取材がまるでされていない。

 街中で基地反対派による抗議行動を見かけても、「反対運動の連中はカメラを向けると襲撃してくる」として撮影中断。辺野古では、移動する車の中から窓越しに反対派が設置したテントを眺め、「うわあ、なんだなんだ!」と嘆声を上げるだけで素通り。しかも「沖縄・高江ヘリパッド問題の〝いま〟」と銘打った番組でもありながら、「軍事ジャーナリスト」を名乗るリポーターの井上和彦氏は肝心の高江に足を運んでもいない。名護市内のトンネル手前で車を降り「ここから先は危険」と、なぜか高江取材を断念。「羽田から飛んできたのに、このトンネル手前で足止めを食らった」と悔しそうな表情を見せ、カメラはトンネル入り口を映しながら、その先に暴力渦巻く闇があるかのような演出をする。

 実は、トンネルを抜けても、高江にはまだ遠い。

 リポーターが「足止め」されたと嘆く名護市の二見杉田トンネルから高江まで、実際に車を走らせてみたことがある。所要時間は約50分、走行距離は45キロだった。東京駅を起点とすれば、西は八王子、東は千葉までの距離に相当する。都心で起きた事件を千葉で立ちリポする記者などいない。それでも同番組にかかれば「現場取材」となるのだ。要は「反対派連中」の暴力性を、具体的な根拠も示すことなく印象付けているとしか思えない。

 つまり散々煽っておきながら肝心の「危険」な場面は何一つ撮っていないのだ。

 ドキュメンタリーというものをナメている。

 のちにBPO(放送倫理・番組向上機構)の調査でも明らかとなったが、リポーターの井上氏は現地沖縄に、わずか1泊しか滞在していなかった。井上氏ら取材クルーが取材を始めたのは16年12月3日の午後。那覇市内で打ち合わせを兼ねた昼食をとった後、辺野古を「車窓から撮影」。夕方に名護警察署前で「偶然に遭遇した」基地に抗議する市民をカメラに収めた。翌日は那覇市内でオープニング映像の撮影を行い、昼に休日で誰もいない普天間基地前からリポート。さらに那覇市内で昼食をとった後、井上氏は午後2時に帰京したのだという。これが番組のいうところの「徹底取材」である。この間、基地反対派には誰一人として当てていない。

 しかも番組は手抜き取材であるだけでなく、米軍基地建設に反対する市民を「テロリスト」などと表現したほか、辛さんを運動の「黒幕」であるかのように報じた。番組内では「(辛さんは)在日韓国・朝鮮人の差別に関して戦ってきた中ではカリスマ。お金がガンガンガンガン集まってくる」といった発言もあった。

 だからこそ、BPOの放送倫理検証委員会は17年12月14日、同番組について「重大な放送倫理違反があった」とする意見書を提出。18年3月8日にもBPO放送人権委員会が辛氏への人権侵害を認定している。

 また、番組を放映した東京MXテレビは18年7月、同社社長が「深く傷つけたことを深く反省し、おわびいたします」と辛さんに直接謝罪した。

 制作会社のDHCテレビジョンだけが謝罪も反省を拒んでいたことにより、辛さんは提訴に踏み切ったのである。

判決文の一部

 「ニュース女子」は単に番組内で辛さんなどを貶めただけではない。番組が差別と偏見を煽った結果、さらなる差別をも呼び込んだ。

 たとえば番組放映の翌月、日本プレスセンター(東京都千代田区)において、「のりこえねっと辛淑玉氏等による東京MXテレビ『ニュース女子』報道弾圧に抗議する沖縄県民東京記者会見」なるものがおこなわれた。名称が示す通り、辛さんに抗議し、さらには一連の番組批判を「報道弾圧」だと訴えるものだった。

 会見に臨んだのは「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員の我那覇真子氏、「沖縄教育オンブズマン協会」会長の手登根安則氏、「カナンファーム」代表(当時)の依田啓示氏ら沖縄県民と、現在衆院議員の杉田水脈氏、カリフォルニア州弁護士のケント・ギルバート氏の5人(肩書はそれぞれ主催者が発表したもの)。沖縄県民3人は、いずれも「ニュース女子」の沖縄ロケで番組側に協力、インタビューに答えた人たちだ。なお、司会進行は『沖縄の不都合な真実』(新潮新書)の著者で、評論家の篠原章氏が務めた。

 会見では予想通り、基地反対運動における「外国・外国人支配」が語られた。

「高江に常駐する約100名程度の活動家のうち、約30名が在日朝鮮人だと言われている」(我那覇氏)

「日本の安全保障にかかわる米軍施設への妨害、撤去を、外国人たる在日朝鮮人が過激に行うことが、果たして認められるものなのか」(同)

「運動の背景に北朝鮮指導部の思想が絡んでいるとすれば重大な主権侵害に当たる」(同)

「在日朝鮮人たる辛淑玉氏に愚弄される謂れがどこにあろうか」(同)

「沖縄の基地反対運動のバックに中国が暗躍している」(杉田氏)

「大阪のあいりん地区の日雇い労働者をリクルートして沖縄に送り込んでいる」(同)

「反対運動に資金を出してるのは中国」(ギルバート氏)

 記者席でメモを取りながらも、私は唖然とするしかなかった(ちなみに私は質問することを封じられた)。記者会見の場で、まるでネット掲示板の書き込みにも等しい言説が飛び交ったのだ。

 考えてもみれば「ニュース女子」も、「在日や他国に支配された基地反対運動」といった絵を描きたかったであろうことは間違いない。DHCテレビジョンの親会社DHCの吉田嘉明会長は、そのころ、同社のホームページに次のようなメッセージを寄せていた。

 〈日本に驚くほどの数の在日が住んでいます〉〈似非(えせ)日本人、なんちゃって日本人です〉〈母国に帰っていただきましょう〉

 こうした偏見が臆面もなく語られる企業の関連会社によって制作されたのが「ニュース女子」という番組だったのだ。

 ちなみに同番組や会見で語られたことの多くは、前出・篠原氏による著作や記事からの引用であった。後に篠原氏は番組の「取材不足」を認めながらも、私にこう話している。

「沖縄の歪んだ言論空間に一石を投じる意味はあった」

 仮にそうした目的があったとして、しかし、虚偽の積み重ねが正当化されるわけがない。

 篠原氏の主張はともかく、番組が社会に持ち込んだのはデマと憎悪に縁どられた、まさに「歪んだ」言論だったのだ。

 そして──辛さんに差別の攻撃が加えられた。

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