「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

6連勝してきた選手たちに「引き分けで良し」という“妥協”を求めるのは難しい [J7節新潟戦レビュー] (藤井雅彦)

これが相性というものなのか。ビッグスワン(現在は東北電力スタジアムか)では07年以来、白星がない。その勝利は 6-0というド派手なものだったが、自分は帯同していなかった。その後はどうにも良い記憶がない。一昨年は栗原勇蔵が自陣でボールを失い、そのままゴール を決められた。そんな苦い記憶が先行する場所で、個人的に勝ったことがない。

地域性かもしれないが、ほとんどの試合で天候が悪い気がする。今年 も例外ではなく、この時期にもかかわらず19時キックオフで組まれたゲームは雨が降りしきる中で行われ、非常に寒かった。「なぜか芝がやりにくい」(栗 原)状況に拍車がかかり、プレー精度が落ちてしまった。両チームとも条件は同じとはいえ、少なくともプレー経験が多いホームチームに有利に働くことはあっ ても不利になることはあるまい。
はたして今季初黒星を喫したわけだが、特定の誰かに失敗や過ちがあったわけではない。槍玉に挙げられそうなとこ ろで真っ先に思い浮かぶのは負傷離脱した富澤清太郎の代役としてボランチのポジションで先発した小椋祥平だろうが、彼は及第点のプレーを見せた。富澤と小 椋では性能が異なる。試合前、慶應大出身の中町公祐は「オグ(小椋)は銛、カンペーさん(富澤)は地引網」と称したが、言い得て妙である。積極的にボール を奪いに出る小椋に対して、富澤は周囲を有効に使い、コンビネーションでボールを絡め取る。単独でのボール奪取能力は小椋ほど高くないが、周囲との連係に は長けている。守備に特徴を持つ選手でもボールの奪い方は180度違う。
アルビレックス新潟戦における小椋は銛になりきれなかった。周囲との距 離感を意識しすぎるあまり、積極的な出足は影を潜めた。かといって低調だったとも思わない。その証拠に相方の中町は富澤と組んだときとほとんど変わらない プレースタイルを維持した。それは小椋がバランスを考えたポジショニングを取った功績と言えよう。小椋までボールを奪いに持ち場を離れれば、おそらくチー ム全体のバランスが崩れた。相手に主導権を握られながら後半途中まで無失点の展開を維持できたのは、小椋がチームのために献身的な姿勢で働いたおかげであ る。
個の出来に触れるならば、開幕から好調を維持していた中村俊輔と兵藤慎剛が大ブレーキだったことを追記しておきたい。前者は新潟の素早いプ レッシャーに苦しみ、後者は単純なミスが多かった。いずれも“らしくない”プレーに終始し、チームにリズムが生まれない一因となった。長いシーズンでこう いった日もあるだろう。特定の選手に頼るチーム作りなどしていないし、逆に中澤佑二やドゥトラのハイパフォーマンスは際立っていた。齋藤学はドリブル突破 でチャンスを作り出し、マルキーニョスも彼にしかできないボールキープを見せた。開幕6連勝中は出来の悪い選手を見つけるのが難しい試合ばかりだったが、 それはちょっと異常な現象だった。あるいは勝っていることで調子の悪い選手を見落としていただけの話。個々の出来が敗因とは言い切れない。
負け た要因と今後に向けた懸案事項は、意識や共通理解といった面に求めるべきだ。栗原は言う。「0-0でいいと思ったらあの失点はなかったと思う」と。誤解さ れては困るが、彼は「0-0でいい試合だった」とは言っていない。一つの仮説として、チーム全員の意識が同じ方向に向いていれば結果は違った、と言いたい のだ。守備の選手で失点した側なのでこのような言い回しになるわけだが、これは多くのことを示唆している。
中町は「この相手に引き分けでOKで はない」ときっぱり言い切った。強気な彼らしいコメントで、試合中も手ごたえがあったのだろう。当然、スコアレスではなく、得点を狙い、勝ち点3を追い求 める。一方で特に守備陣は「ウチがやろうとしていることを相手がやってきた」(中澤佑二)、「新潟にハマったというか相手のほうが断然良かった」(栗原) と手ごたえが怪しかったことを証言している選手が多い。これは選手個々の性格やポジション、プレースタイルと密接に関係している。しかし、だからこそ意思 統一が欠かせない。
個人的には、チーム一丸となって勝利を目指した上での失点、そして0-1の敗北ならば大きな傷跡にはならないと考える。守備 意識を高めてスコアレスドローを良しとしたにもかかわらず失点するほうが、はるかに後味は悪い。勝ちを狙うのか、それとも引き分けを良しと捉えるのか。 ゲーム内容が芳しくないながらも後半途中までスコアレスの展開で、終盤に決断を迫られた。しかし、この日のマリノスはどちらでもなく、アバウトに過ごした 印象が強い。失点場面の少し前あたりから全体が間延びし、中盤にスペースが生まれた。それによってセカンドボールを拾えなくなり、不意な形から失点した。
6連勝してきた選手たちに「引き分けで良し」という“妥協”を求めるのは難しい。それどころか不可能に近い。一人や二人はそういった冷静な視点を持つだろ うが、ピッチに立つ11人全員が同じでなければ意味がない。一人や二人が逃げ腰になれば、それが原因で組織は瓦解する。だからこそ指揮官はいずれかの指針 を示すべきだったが、齋藤の負傷交代によって投入するのが藤田祥史だった。これは一見しただけでは攻撃的に点を取りに出るというサインにしか見えない。冷 静に客観視した上での判断だとしたら、やはり監督もまた6連勝によって何かを見落としていた可能性がある。
0-0が妥当なゲームだった。例えば FC東京戦も引き分け濃厚だったが、最後はリスキーな戦いを選択し、結果的に勝利した。それが新潟戦では逆の結果を生んだということ。次の試合に向けて気 持ちを切り替えるだけでなく、シーズン全体を見渡してのマネジメントを見直す良いきっかけだろう。引き分けのゲームを勝利する喜びは大きいが、負ける可能 性のあるゲームでしっかり勝ち点1を取ることも、長い目で見れば同じくらい大切である。
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