「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

弱みを見せた相手にしっかり畳み掛けられるのは強者の証 [ナビスコ予選 磐田戦] (藤井雅彦) -2,444文字-

 

名古屋グランパス戦に続いて、強い勝ち方だった。終わってみれば3-0の完勝に見えるが、前半をスコアレスで折り返したことを忘れてはいけない。しかも前半45分間の決定機の数はジュビロ磐田が上回っていた。試合開始3分の山崎亮平、42分の山田大記といずれもGK榎本哲也との1対1の状況を迎えている。マリノスにとっては絶体絶命のピンチで、どちらか一方でも決まっていれば試合展開は大きく違っていた。

思い返せばシーズン序盤のマリノスもピンチとまったくの無縁だったわけではない。どの相手にも押し込まれる時間帯が少なからずあった。苦しい時間帯を全員でしのぎ、反撃の機会をうかがう。毎試合のように相手を圧倒できるわけではないのだから、我慢と忍耐は欠かせない。辛抱強く1点差ゲームをモノにしてきたのが開幕ダッシュの実状である。

前記した大ピンチの場面は「相手に助けられた」(中澤佑二)とも捉えられが「てっちゃん(榎本)に助けられた」(中澤)と言うべきだろう。決めて当然に見える場面で相手がシュートミスしたというより、榎本がシューターの動きをギリギリのタイミングまで観察し、自分の間合いに呼び込んだ。名古屋戦終了間際に玉田圭司のPKを止めたことで波に乗った。「この前の試合のことがどうにしても頭の中にあるけど、あまり考えすぎずに慌てずやろうと思った」(榎本)。有言実行となる落ち着いたパフォーマンスでチームの勝利に貢献した。

次にいかにして得点するかという課題に直面したが、今シーズンのマリノスは拮抗した展開で安定した得点力を発揮する。セットプレーこそ不発に終わったが、最前線にマルキーニョスという歴史に名を刻むゴールゲッターがいるのは心強い。先制点の場面に至る過程で磐田は少しずつ全体が間延びし、コンパクトな陣形を保てなくなっていた。その間隙を突く齋藤学のドリブル突破と中町公祐のフォロー&クロスは称賛に値する。常に前方向に進みながらのプレーで相手は守りにくかったはずだ。

それでもあのヘディングシュートはそう簡単には決められない。CBのマークから逃げるようにボールから遠ざかるバックステップを踏み、頭に当てるだけでなく、首を振って逆サイドへ運ぶ。一連の動作は「日本人にはできない」(中村俊輔)芸当で、屈強なフィジカルと経験の成せる業である。それまで粘り強く守っていた磐田はただ失点を喫しただけでなく、精神的なダメージも負ってしまった。

マルキーニョスが放った一撃は齋藤や中村のゴールも呼び込んだ。状況に恵まれた感もある2ゴールとはいえ、弱みを見せた相手にしっかり畳み掛けられるのは強者の証。いずれも効果的なゴールで、この日の勝ち点3獲得を確実なモノとした。この追加点があったからこそ中村と中澤にわずかながら休息を与える意味で交代できたのである。セーフティーリードの賜物だ。

唯一にして最大の疑問は、ベンチ入りしていた特別指定選手の長澤和輝(専修大4年)を最後までピッチに立たせなかったこと。決勝トーナメント進出を目指す上で大切な試合で長時間起用できないことは十分に理解できる。マリノスは現状のベストメンバーでベテラン勢も勢揃いし、勝利を目指していた。彼らにアクシデントがない状況で割って入るのはさすがに難しい。スコアレスの後半開始から使えというのも無理な話だろう。プレッシャーのかかる場面で萎縮させては意味がない。

しかしリードを奪ってから起用しない理由は、逆に見当たらない。1-0となったのち、マルキーニョスが左足首を痛めたため用意していた交代を躊躇したが、そのとき交代ボードに掲げられていたのは背番号11だった。代わりにピッチに入る準備をしていたのは端戸仁である。つまり中村をピッチに残したまま齋藤に代わって端戸を起用するのだから、サイドMFでの起用だったと想定できる。

結果的にマルキーニョスから藤田祥史へのスイッチを優先し、端戸の出番は少し遅れた。だが、この時点でスコアは3-0となっていた。1-0の状況とは大きく異なる。3-0という見方を変えれば緊張感のない展開で端戸をトップ下起用することに果たして価値があるのか。それよりも期間限定でマリノスに来ている将来有望な大学生にチャンスを与えるべきではなかったのか。長澤を出場させるのに3-0で迎えたラスト10分程度は最高のシチュエーションだったはず。緊張感のない状況ではなく、輝く可能性の高い貴重な10分間になるからだ。

長澤のためにマリノスがあるわけではないが、誰もが長澤の獲得を望んでいる。それは同じピッチでプレーする選手たちの総意でもある。そして結果的に長澤を起用しやすい状況を彼らが作り出した。プロデビュー戦となった大宮アルディージャ戦のように負けている状況ではなく勝っている状況で、しかも3点のリードというオマケ付きだ。それなのになぜか長澤は最後までベンチに座ったまま。この光景には首を傾げざるをえない。試合に出場できないほどの負傷があればベンチに入っていないだろう。チームの勝利が確定的な3-0の状況で起用されないのだから、そもそも長澤を出場させる意思がなかったと思われても仕方がない。そう捉えるのは長澤周辺の関係者であり、長澤本人だ。

この日の勝利によってナビスコカップの予選リーグ突破に大きく前進した。最終節の清水エスパルス戦を引き分け以上で突破を決められる有利な状況だ。一方で未来を見据えたマネジメントは大失敗に終わった。完勝を収めただけに、明るい未来への布石を打てなかったことが無念でならない。

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