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「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

「マリノス以外のチームにいたわけだから、もう一度ファミリーに加えてもらえるように、マリノスのエンブレムとともに頑張っていきたい」 [榎本哲也インタビュー(後編)]

[榎本哲也インタビュー(後編)]

インタビュー・文:藤井 雅彦
協力:横浜F・マリノス広報室

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前回からつづく

 

インタビュー後編では、GKコーチとして歩んでいくセカンドキャリアにフォーカスしていく。

なぜ榎本哲也はこのタイミングでの引退を決意したのか。

「まだまだ現役でプレーできるな」

そう感じながらも、あえてスパイクを脱いだ理由とは。

このインタビューで、明確に描かれている今後のビジョンが見えてくる。

 

 

――具体的に引退を考え始めたのはいつ頃だったのでしょうか?

「30歳を過ぎたあたりからです。明確な理由があるわけではないけれど、35歳をひとつの区切りにするのがいいのかな、と。でも実際は35歳になっても『あっ、まだまだ現役でプレーできるな』と思うこともあったし、頑張れば40歳くらいまでプレーできたのかもしれない。でも自分の中で決めていた部分もあるし、今がベストなタイミングだと思っています」

 

――昨年のプレーを見ても、まだまだ現役でプレーできそうですよね。

「ありがたいことに昨シーズンが終わってJ1、J2、J3それぞれのカテゴリーのクラブからオファーや打診をもらえて、とても光栄でした。でも自分の中では気持ちのシフトチェンジをしていました。自分にはGKコーチになるという目標があるので、体が動くほうが子どもたちの見本になれる。40歳を過ぎた時の体の状態は正直わからない。だから今、引退することが指導者としてプラスになることもあると思っています」

 

――セカンドキャリアをGKコーチとして歩んでいくイメージはいつから描いていたのですか?

「トップチームに昇格してすぐの段階から『将来はGKコーチになりたい』と思っていました。当時は20歳前後だったし、漠然と思い描いていただけですよ。ただ年齢を重ねるにつれて、ある程度の経験値やキャリアがないと説得力に欠けることも分かっていました。ゆくゆくはGKコーチになるために、現役生活の段階からいろいろな練習メニューの動画を保存しています。特殊なポジションなので、GKの気持ちはGK経験者しか分からない。自分がフィールドプレーヤーだったら指導者を目指していたか分からないけれど、GKだからGKコーチになりたいと思うようになった部分は大きいと思います」

 

――横浜F・マリノスには2002年から2016年まで在籍し、引退後に帰還する形となりました。

「昔からマリノスで引退することが目標のひとつでした。だから勇蔵(栗原勇蔵クラブシップ・キャプテン)のようにマリノス一筋で現役生活を終えるのは素晴らしいことだと思います。でも自分は移籍を決断したことで、いろいろな選手とプレーする機会に恵まれ、いろいろな指導者と出会い、たくさんの経験を取り込むことができました。それはこれからの人生においてプラスに働くと思っているし、歩んできたキャリアをしっかり整理して、今度は指導する側・伝える側になりたい」

 

 

――たくさんの経験を、今度は指導者としてクラブに還元するわけですね。

「自分のサッカー人生は良い経験だけではなく、試合に出られず苦しんだ時期や、ケガに悩まされた時間もありました。自分なりにいろいろな紆余曲折を経て、今があると思っています。光も知っているし、陰も知っている。そのすべてをマリノスのために生かしていきたい」

 

――「おかえり」と声をかけてくれるファン・サポーターも多いのでは?

 

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