「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

俊輔不在という事実を受け入れられなかった [J31節・名古屋戦レビュー] (藤井雅彦) -2,577文字-

敗戦後の表現としては適していないのだろうが、つくづくツイている。前節の大分トリニータ戦に勝利した直後、中町公祐は「せっかく勝ったのに、ほかのチームも揃って勝つなんて…。1チームくらい取りこぼしてくれてもいいのにね」と笑いながら話していた。一転、第31節は首位のマリノスが敗れたのにお付き合いするように2位の浦和レッズ、3位のサンフレッチェ広島がともに勝ちきれずドロー。上位陣で勝利したのは4位の鹿島アントラーズのみで、負けたのに順位は変わらず首位だ。加えて試合数は1試合減って残り3試合。自力で優勝を決められるのはマリノスだけである。

4-2-3-1_中町トップ下 ツイているといえば、もう一つ。名古屋戦の41分に栗原勇蔵に提示された警告の一件について触れたい。ケネディがキープしていたボールを栗原がカットし、それに憤慨したケネディの行動に端を発したものだが、脇腹あたりをプッシュされた栗原は強靭なフィジカルを利して耐えた。さらに右手平手打ちで対抗。するとケネディは一発退場を誘発するかのように大げさに倒れこみ、周囲の選手が集まってひと悶着。主審は喧嘩両成敗で両者に警告を提示したが、行為そのものを切り取ると栗原にレッドカードが出てもおかしくなかった。最近は文明が発達し、のちにビデオ裁定が下る場合もある。実際に今シーズン、鹿島戦で小笠原満男に肘打ちを食らわせた栗原に後日、出場停止処分が下された経緯もある。仮に何らかの処分が下るとしても今日ではないが、何事もなく過ぎ去ることを祈るのみだ。

ヤンチャな男・栗原のワンシーンだけを切り取ってマリノスが平常心を保ってプレーできていなかったと断定するのはあまりに早計だが、たしかにマリノスは普段着の戦いができなかった。序盤からマリノスは中村俊輔不在もあって主導権を握れない。具体的にはチーム内に落ち着く場所を作れなかった。砕いて言うと「うまくいかないときに、とりあえずシュンさん(中村)に預けるということができない」(栗原)。ボールを奪っても落ち着き場所がないため、ビルドアップが拙く、どこかバタバタしている印象が否めない。そのうちにミスが発生し、ボールロストする。たちまちチームとしての機能性を失い、個々の勝負になっていく。すると名古屋の強さが前面に押し出される展開となった。
この風景を見て思い出したのは数年前のマリノスだ。中村がエスパニョールから復帰する以前、あるいは復帰してからもコンディションが上がらなかった2010年や2011年の戦いぶりである。当時からある一定の個の強さを誇るマリノスはそれでも残留を争うようなチームではなく、一時的に上位に食い込む時期もあった。しかし個の能力がチームとしての総和になっていない印象が否めず、そのためか勝負どころで勝てない。

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それが変化し始めたのは昨シーズン途中から。システムが従来の2トップから中村をトップ下に配する[4-2-3-1]に変更されたのをきっかけに彼自身が輝きを取り戻し、なおかつチームとしても中村のキープ力を有効活用できるようになっていった。名古屋戦後、中澤佑二は「みんなの頭の中に『シュンがいれば』というのがあったのかな。依存していたかな」とあえて口にしたが、それがすべてだとは思わない。頼る場面もあったが、中村を効果的に“利用”できていたはずだ。中村頼みという表現は不正確で、一つの駒として使っていたに過ぎない。兵藤慎剛が相手DFを背負ってキープすることや齋藤学がサイドからドリブルを仕掛けるのと同じこと。つまり選手個々の性質だ。

替えの利かない大きな武器であることは誰もが認めるところだが、すべてが失われるわけではない。しかし、実際に戦っている選手たちはそれを過度に意識していたようだ。そうでなければ「最初からおかしいなと思った。1回目にボールを受けたときに、いるべきところに人がいなかった」というような富澤清太郎の言葉は出てこない。今シーズンのマリノスはとても繊細で、非常に際どいバランスの上に成立している。それを肌で感じているからこそ、ピッチに立っている選手は必要以上に敏感になってしまったのだろう。

4-4-2名古屋 プレビューでも述べたように名古屋戦までのリーグ戦全30試合に先発し、チームで最も長い時間出場していたのが中村だった。そのパフォーマンスの高さは誰の目にも明らかだった。練習試合、あるいは中断期間中に中村不在時を想定した編成があまりにも少なかったことは反省材料だが、現実としてリーグ戦では1試合も試す機会はなかった。近況の成績が悪くない流れでスタートから2トップを採用するのも無謀だろう。

ただし前半を終えて主役不在の[4-2-3-1]に意味がないことは明らかになっていた。ならば後半の頭から戦い方を変えるのも一手ではなかったか。敗因のすべてを押し付ける気は毛頭ないが、樋口靖洋監督の動きの遅さ、判断の悪さもマイナスに働いた。采配に関して言及するならば、ファビオを投入して高さを増したいという考えは理解できなくもないが、交代選手が富澤ではプラスマイナス0に等しい。むしろ展開力や戦術理解度という点で大きく劣る。また最近、2列目で効果的に働いていた佐藤優平をいまさらボランチで起用し、何を期待したのだろう。

いずれにせよ中村不在でチーム力を保てなかったのは紛れもない事実。反省すべき点は選手のプレーや指揮官のベンチワークなどさまざまだ。中村不在という事実を受け入れられなかったことが最大の問題かもしれない。しかし、それらはすべて過ぎ去ったこと。中村が復帰して残り3試合で自力優勝を決められる状況にあるのだから、うつむいていることに意味はない。

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