「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

「3月にシステム開発の会社に就職しました。プロサッカー選手をやめてすぐにシステムエンジニアになるって、めちゃくちゃ面白いじゃないですか」 [下平匠インタビュー(前編) -トリコロールを纏った男たち] ※無料記事

【下平匠インタビュー(前編)】

インタビュー・文:藤井 雅彦

 

先日、自身の『note』で現況を赤裸々に語った下平匠。

マリノスには2014年から2018年途中まで在籍し、常に冷静沈着なプレーで左サイドバックを担った。

今回はヨコハマ・エクスプレスのインタビューに応じ、在籍当時と現在の話を中心に聞いた。

 

 

前編は、この1年の間に身の回りで起きたこと、そして心境の変化などなど。

Jリーガーを卒業した下平は、どこへ向かおうとしているのか。

 

 

――ご自身の『note』で昨年11月にジェフユナイテッド市原・千葉から契約満了を言い渡されたことを告白していました。あらためて経緯や当時の気持ちを聞かせてもらえますか?

「11月末で、たしかリーグ戦が数試合残っているタイミングだったと思います。2007年にガンバ大阪のユースからトップチームに昇格してプロになって、これまで契約が切れたのはルーキーの年と横浜F・マリノスの最後のシーズンだけ。それ以外は複数年契約を残している状態でした。2020年のジェフの時も、ある程度は覚悟していました。J1に昇格させてほしいと言われて2シーズン半プレーしたけれど達成できなかったですし、2020年はコンスタントに試合に出られたわけでもなかったので」

 

 

 

――『note』では「来年はどこのチームに行くかなぁと楽観的に考えていました」と綴っていました。

「書いたことになってしまいますが、実際に打診を受けたJ2のチームがあったんです。強化部長と電話で直接話しましたから(笑)。でも正式オファーはなかったんですよね。それでも『どこかしらあるやろ』と思っていたのが正直なところです」

 

――Jクラブからオファーがなかった場合の想像はしていた?

「その時は引退しようと思っていました。もともと運送系の仕事に興味があったんです。普通二種免許と大型免許は現役時代に取得していて、フォークリフトと玉掛けの資格は1月中に取得しました。1月は時間があったし、誘いがあった時のために体を動かす時間も確保できていたので、それ以外の時間に何をするかという発想で資格取得を目指しました。それと1月下旬から2月にかけて運送系の会社2社から内定をもらいました」

 

 

――働くイメージもしていた?

「もちろんイメージしていました。玉掛けの資格を受けに行く時点で『サッカーはホンマに終わりかもな』って思っていましたから。サッカーは大好きだけど、後悔は一切ありません。毎日やるべきことをやっていたつもりですし、未練もありません。自分でコントロールできることはすべてやりました。でも自分だけではコントロールできないこともたくさんあるので、それはしゃあない(笑)。潔いというか、僕っぽいですよね」

 

 

 

――それでも当時はJクラブからのオファーを待っている段階だったと思います。その後の展開は?

「1月半ば過ぎですかね。ひとりで走っているだけではコンディションが上がらないと思って、南葛SCの岩本義弘さん(GM)に連絡して練習に参加させてもらいました。南葛では選手たちがとにかく楽しそうにプレーしているのが印象的で。その時に『サッカーってこれやねんな』って思い出しました。森一哉監督は川崎フロンターレのコーチ時代に風間八宏監督の下で指導していた人で、今までにない指導や言葉に出会いました。『まだ知らないことがこんなにあったのか』と気付かされました」

 

 

――当時はコロナ禍の影響もあって所属チームが見つからず、浪人のような形になる選手が多かった印象です。

「その通りだと思います。そういった選手がもう一度輝けるようにと、増嶋くん(竜也)が『#Reback project』というプロジェクトをスタートさせましたよね。僕も1月の終わりに声をかけてもらっていました。実際にそこから契約できた選手もいましたし、これからも続けていってほしいプロジェクトです」

 

――そして2月末にJクラブからオファーが。

「J2のチームでした。基本的には加入することを前提として、今のコンディションを見たいということで練習参加してほしいと言われました。でも冷静に考えたんですよね。チームはキャンプを終えてシーズンに向けてコンディションが上がってきている状態だけど、自分は南葛でちょっと動いていただけなのでどうしても差があります。加入してからコンディションを上げるのに1ヵ月くらいかかるとしたら、実際にプレーできる時間は半年ちょっとしか残っていません。それで年末には次の年の契約の話になって、どうなるか未来がまったく分からない。『これってホンマに自分がやりたいことなのかな』って。それまでは絶対にJ2より上のカテゴリーでやりたいと思っていたんですけど、南葛に来たこともきっかけになって考え方が大きく変わりました」

 

 

――オファーを断り、内定している会社にも行かず、南葛SCでプレーする道を選んだ、と。

「2月末に決めました。南葛には明確なビジョンがあります。ただ楽しいだけなら一時的な気持ちかもしれないですけど、岩本さんからは契約する時に『Jのカテゴリーまで上げてくれ』と言われました。拾ってもらった恩を感じているので、結果で返さないといけません」

 

―-契約内容について聞いてもいいですか?

「業務委託契約で年俸をいただきながら、練習ユニフォームの個人スポンサーを募るようなアプローチもしています。会社には普通に勤めていますが、南葛の紹介なので練習や試合といった部分への理解はあります。体が動くうちに楽しくサッカーをやれて、それ以外のスキルも身につくのは魅力だと思います」

 

 

――現役引退とは違いますが、これはいわゆるセカンドキャリアなのでしょうか?

「セカンドキャリアという言葉はあまり好きではありません。プロになってからサッカーは完全に仕事という意識でやってきました。今もお金をいただいている以上は仕事ですが、会社は別の場所にあります。需要があるところでサッカーを続けて、なおかつ自分がやりたいことをやっています」

 

――では一般企業に就職したのですか?

「3月にシステム開発の会社に就職しました。だから小恥ずかしいけど、職業はいわゆる『システムエンジニア』です(笑)。朝6時前後に起きて6時半の電車に乗って、8時から17時まで仕事をして、それから南葛の練習に行きます。最初はしんどいかなと思っていたけど、1週間くらいで早起きにも慣れましたし、コロナ禍の影響もあるのか満員電車は一度も経験していません。いつも座って快適に通勤しています」

 

――とても楽しそうな顔をしていますよ。

「めちゃくちゃ楽しいです。サッカー以外なら陽に当たらない仕事が良かったから最高です(笑)。運送業に興味があったのも、トラックを運転していてもエアコンが効いていて涼しくて、陽に当たらなくてすむじゃないですか。陽に当たると体力を奪われて疲れちゃいます。どの仕事をやっても頭と体を使うけど、夏でもエアコンが効いた空間は最高です。それが人のためになるなら言うことなしでしょう」

 

 

――たしかに最高ですね(笑)。システム開発の仕事とは?

「今はマッチングサイトのようなものを作っています。日本の物品を海外に売りたい人と、海外でそれを買いたい人をつなぐサイトです。入社して最初の1ヵ月は教材を使いながらHTMLとCSSの勉強をして、2~3ヵ月目までは仕事というよりもお手伝いのような感じでした」

 

――僕のような素人には難しい(笑)。

「カッコつけて横文字使っているだけです(笑)。でもプロサッカー選手をやめてすぐにシステムエンジニアになるって、めちゃくちゃ面白いじゃないですか。この仕事に出会った時に挑戦したいと思ったんです。サッカーはいつかやめないといけない時が来るので、何か次に残ることをやりたい。だからサッカーをやりながら仕事をしている感覚というよりも、仕事をしながらサッカーもやっている感覚です。もちろんそれでサッカーをサボるという意味ではありません」

 

 

――サッカーチームと一般企業ではいろいろな違いがあって慣れるのは大変では?

「会社には社員が4人しかいないんです。社長がいて、年下の上司がいて、あと南葛の選手が11月に入社して、その4人だけ。だからいわゆる会社の人間関係で悩む心配はなさそうです(笑)。そういえば最近、社員とその家族で忘年会をしました。みんなで『かに道楽』へ行って蟹をたくさん食べました(笑)」

 

―-素晴らしいエピソードありがとうございます(笑)。さて、南葛SCはこのあとに大一番が控えているんですよね?

「今シーズンは関東2部リーグの2位だったので、1部との入れ替え戦が12月25日にあります。リーグ戦は10月10日が最終戦だったので、約2ヵ月半ぶりの公式戦が大一番です」

 

 

 

――そういえば南葛SCの練習スケジュールは?

「月曜日がオフで、火曜日と水曜日と木曜日が練習で、金曜日もオフです。土曜日が試合の時は日曜日が練習かオフで、日曜日が試合の時は土曜日も練習になります。最大で週5回の活動です」

 

――コンディション的には難しそうですが、モチベーションが高まる一戦ですね。

「南葛でプレーするようになって、ガンバやマリノスのファン・サポーターの方が試合に来て応援してくれたり、イベントに来てくれたりするんです。そういった人たちの存在をより身近に感じられるようになったのは大きな変化だと思います。プロではないカテゴリーになっても自分を追いかけてくれる人がいるのは大きなモチベーションです。Jリーグという舞台にいると、ありがたみを忘れてしまうというか、実感が湧きにくかったりする部分がありました。今は本当にありがたいと思っていますし、感謝しています。わざわざ足を運んでくれることは当たり前ではないですから」

 

 

 

――下平匠らしいプレーを期待しています。

「公式戦は久しぶりだけど不安はありません。いつも通り自分らしくやるだけです」

 

 

(後編へつづく)

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