「満足のシーズンだった、というのは絶対に違います」 【「未来」 喜田拓也21歳 -独占インタビュー vol.2】
独占インタビュー第2弾は、喜田拓也が初めてコンスタントに試合出場した今季を振り返ってもらった。開幕前の宮崎キャンプでエリク・モンバエルツ監督からの評価が急上昇し、ファーストボランチとして不動の地位を築いた背景には何があったのか。
そして喜田にとってモンバエルツ監督はどんな存在なのか。プロアスリートとして、どのような意味を持っていたのか。人生の転機となった指揮官との関係についても語る。
実施日:11月27日(金)
インタビュアー:藤井 雅彦
カメラマン:星 智徳
――今季から新監督が就任するにあたり、選手への評価がリセットされて横並びのスタートになるのはポジティブな要素だったのでは?
「サッカーの世界では、監督が代われば戦術も変わり、起用される選手も少なからず変化する。選手は求められることが変わってくると思います。自分はプロ1、2年目にほとんど試合に出場できなく
て悔しい思いをしたので、そういう意味ではチャンスだと思っていました」
――プロ3年目の今年は勝負の年だった?
「間違いなくそうですね。毎年が勝負だけど、今年も試合に出られなかったらプロサッカー選手として終わってしまうくらいの気持ちがありました。やっぱり試合に出てナンボだと思うので。1、2年目の状態があったからこそ、今年に懸ける気持ちは強かったです」
――始動直後、1月の沖縄キャンプでは少し難しい立ち位置に見えたけど、そのときの心境は?
「沖縄キャンプのときは自分の特徴を理解してもらえていなかったと思います。自分がどこのポジションなのかも分かってもらえていない状態でした。紅白戦では左のウイングに入ったり、けが人がいて空いたポジションを務めたり…。立ち位置としてはとても難しい状況でした」
――メンタル的に落ち込む瞬間もあったのでは?
「割り切って考えるようにしていました。監督は選手全員の特徴や情報をすべて把握していなかったと思うし、特に自分の場合は昨年まで公式戦にほとんど出場していなかったわけですから。キャンプを通じて少しずつ自分の持ち味を分かってもらえればと思っていたので、ネガティブな気持ちにはなっていなかったです。強い表現を使うならば『認めさせてやる』と思っていました」
――チャンスが訪れたのは宮崎キャンプの終盤だった。
「まずボランチでプレーさせてもらう機会がありました。練習試合の3、4本目でプレーして、そこで特徴を少しずつ理解してもらえたと思います。ボランチだけでなくトップ下にも入っていたけど、場所に関係なく自分の特徴は分かってもらえたと思います。続けることが大事だと身を持って体感できた。あとはやってきたチャンスを掴めるかどうかでした」
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