「ザ・ヨコハマ・エクスプレス」藤井雅彦責任編集:ヨコハマ・フットボール・マガジン

マリノスの戦いはまだまだ終わりが見えない [藤井雅彦レビュー 天皇杯名古屋戦]

 

「オレが決めてヒーローになるつもりだったのにー!」

試合直後の小野裕二のコメントである。PK戦に入り、マリノスは4本目まで全員がしっかり決めた。中村俊輔、兵藤慎剛、マルキーニョス、そして中町公祐。対する名古屋グランパスは1本目の藤本淳吾が外し、この5本目で決着をつけることが可能だった。こうしてバトンは試合前日に20歳になったばかりの小野に託された。

結果は周知のとおりである。右を狙った小野のシュートは楢崎正剛のセーブに阻まれた。「あの人はまったく動かなかった」と若駒は完敗を認めるしかなかった。

冒頭の台詞だが、実はこれとまったく同じコメントをちょうど1年前にも残している。昨年の天皇杯準々決勝、つまり今年とまったく同じシチュエーションだ。そのゲームもPK戦にもつれ込み、名古屋は4本目の吉村圭司のシュートをGK飯倉大樹がストップし、5本目の三都主アレサンドロが枠を外してマリノスは勝利を手にした。小野はというと、このときもマリノスの5本目としてスタンバイしており、1年前は出番が回ってこなかった。そして冒頭のコメントを残したというわけだ。まったく意味の異なる同じ台詞となってしまった。

小野の若さについて、先輩選手たちはそれぞれの見解を示す。

飯倉は「外すのがわかっていたので笑ってしまった」と明かし、「だから気持ちの切り替えがしやすかった」と笑い話にした。栗原勇蔵は「目立とうとするからこうなる」と苦言を呈した上で、「負けた試合で外さなくてよかった」とかわいい後輩をかばった。それぞれが異なる形で小野を気遣っているのは心温まる光景であった。もちろん栗原の言うとおりで、トーナメント戦で自分がPKを外して負ければ、小さな区内傷として残ってしまう。勝ったことで、リーグ戦の広島戦(このときはドローだったが)に続いて『高い授業料』ですむというわけだ。

そんな中、富澤清太郎はこう振り返る。「円陣を組んで一体感があったし、楽しむ雰囲気もあった。それがいい結果をもたらした」。19人目として遠征メンバーに入っていた比嘉祐介がいつもどおり盛り上げ、チームは一体感を増した。

とはいえPK戦に至る過程の120分間は非常に苦しかった。名古屋のストイコビッチ監督が闘莉王をFWではなくCBで起用したのを樋口靖洋監督は「想定とだいぶ違う布陣」と驚いたが、スカウティングミスとは言い切れないだろう。リーグ戦終盤、そして天皇杯4回戦でも最前線で起用され、この試合前も実戦形式の練習を行なっていない。ストイコビッチ監督の頭の中をのぞかないかぎり、この布陣を予想するのは難しかった。

マリノスにとっては「スピードのある選手が3人いるほうが嫌」(栗原)だった。闘莉王というターゲットマンを中澤佑二と栗原が封じ込めた豊田スタジアムでの一戦は記憶に新しい。今回もエアバトルさえ制すれば逆に起点を作れると想定していただけに、機動力のある玉田圭司、金崎夢生、永井謙佑の3人は厄介極まりなかった。特に玉田のキープ力には手を焼いた。プレスが効力を失い、守勢に回らざるをえなかったのは彼の個人能力によるところも大きい。

狙いとする高い位置でのボール奪取やショートカウンターはまったく繰り出せなかった。だがしかし、マリノスには堅い守備がある。飯倉を中心に中澤と栗原はクロスボールに強さを発揮し、小林祐三は際どいクロスに対して的確なポジショニングと対応力を見せた。途中出場の金井貢史も危機察知能力の高さを見せ、しっかりと貢献。押し込まれる時間帯を「体をしっかり張って」(栗原)しのぎ、延長戦に入ってからは逆に決定機を作り出すことにも成功した。

スコアレスドローの末のPK決着は一見しただけでは昨年とまったく同じだ。だが、その内実は異なる。自分たちのサッカーができない時間帯をなんとかしのぎ、流れを引き寄せた。そこに芯の強さが垣間見える。そしてPK勝ちのあとも油断はない。飯倉が良い例で、「まだ何も手にしていない」と派手に喜ぶ素振りは見せなかった。

苦労・苦戦したのは事実でも、あくまで準々決勝を突破してベスト4入りを決めただけ。充実のマリノスの戦いはまだまだ終わりが見えない。

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